Timeless Words

作:松田七瀬(管理者)

 

第一部 Staying and Walking

 

第一話 『バンドイーター』

 

< Page   1  2  3  4  >

 

 学校から歩くこと約15分、潔隆は自宅に到着した。比較的裕福な層の人々が住む住宅地の一角に、潔隆の自宅はある。
 母屋手前のカーポートには、潔隆の帰宅時には滅多にない、母親が通勤や仕事上の移動に使用しているオレンジのコンパクトカーが駐まっている。潔隆は車がこんな時間にあるのは珍しいと思いつつ、玄関のドアを開けた。時刻は午後6時を回ったところだった。

「ただいま」
 リビングの扉を開けてそう言うと、すぐに「あら、おかえりなさい」と返事が返ってきた。リビング手前のソファを見やると、母・すみれが座っていた。直前まで電話をしていたようで、菫の右手には電話の子機が握られていた。
 潔隆が菫の背後を通り過ぎようとした時、菫は握っていた電話の子機を台所の子機スタンドに戻すためにソファから立ち上がった。すると潔隆の腰の高さくらいにあった菫の頭が、潔隆の目の高さにまで迫り上がった。菫は背が高く、潔隆の身長176cmに対して170cmもある。普段は服装の都合でヒールの高めの靴を履いていることも多いため、たまに母子で外を歩くと、目線は潔隆とほぼ同じか、あるいはやや高くなっていることが多い。

 

「母さんがこんな時間に帰って来てるなんて、珍しいこともあるじゃないか」
「今日は特別よ。……それより潔隆こそ早いんじゃない? 今頃は後夜祭じゃなかったかしら?」
「……別に興味ないし」
 菫の問いに、潔隆はあっさりと答えた。その素っ気なさ故か菫は苦笑いを浮かべつつ「……そ、そう」とだけ返してきた。

 

「……ところでどうだったの?今日のあなたたちのステージは」
 うがい手洗いを済ませリビングのソファに身を投げ出すと、向かいのソファに腰掛けた菫がそう訊いてきた。
「調子はいつも通りだったよ。オレ自身は割と思い通りに弾けたと思うけど……」
「けど……、何かあったの?」
 言葉尻に食いつかれ、潔隆は一瞬戸惑った。何かおかしな表情でもしたかな、などと考えつつ、特別隠すような事柄でもないと思ったのでそのまま続けることにした。
「他の三人が上手く乗れなかったみたいでさ、それでお前はバンドのカラーに合わないから辞めてくれ、ってさ」
「……それで、その話を受けたの?」
 問い返しに淡々と頷くと、その余りの淡泊さに呆れたのか、菫は額を右手で押さえて溜息をついた。
「……全く、よくそんなことサラッと即答出来るわね。悔しいとかそういう風に思わないの?」
「悔しいも何も、相性が悪いんじゃ仕方ないだろ」
「全くあなたときたら、そんな情けないことをぬけぬけと。……本当、マイペースというか覇気がないというか……、聞き分けの良さに甘えて放っておきすぎたのがいけなかったのかしら」
 菫は呆れ顔で何やら呟き始めた。潔隆は「あ〜あ、また始まったか」とばかりに溜息を一つつき、ソファから立ち上がった。

 夕食の準備をするからその間に風呂にでも入って来ればと菫に言うと、逆に「私が準備するから」と言われたので、その言葉に甘えることにし、先に風呂に入ることにした。自室へ着替えを取りに行こうとリビングを出ようとしたその時、菫に呼び止められた。

「……危うく言いそびれるところだったけど、あなたに言っておかなければならないことがあるの。あなたにとっても大事なことよ」

 

(第二話に続く)

 

< Page   1  2  3  4  >

 

 

小説のトップへ戻る