部室に戻った四人の中でこの気まずい沈黙を破ったのは、ボーカルの木村だった。
「……なあ岡本、ちょっといいか?」
背後から自分を呼ぶ声がしたので、潔隆は機材を片付ける手を止めて後ろに向き直った。そこには木村が、とても険しい表情で立っていた。
「どうしたんだ木村、さっきから怖い顔してさ」
先程からの雰囲気や過去の経験から、木村の用件は察しがついているが、潔隆は普通に返事をした。
「……なあ岡本、前々から言いたかったことなんだけど……」
木村は言いにくそうに一旦言葉を切り、一呼吸置いて覚悟を決めたように続けた。
「……岡本、悪いけどお前、ストフリ脱退してくれないか?」
「何だ急に。理由は?」
突然の脱退勧告にもかかわらず、潔隆は驚くことなく木村に理由を問うた。
その瞬間、木村の表情が強張ったので、これには潔隆も驚いた。
「……お前、まさか気付いてないっていうのか!?」
そう言う木村の表情は、信じられない、とでも言いたげなものだった。
「気付いてない、って何にだい?」
潔隆は少し間を置いてそう返した。なぜ辞めろと言われているのか本当は気付いているのだが、あえて気付いていない風を装うためだ。この状況でいきなり核心を突きつけるのは得策ではない、と感じ取ったのである。
「お前、俺たちよりキャリアが長いからっていい気になってねえか?」
そう言う木村の後ろでは、ベースの岡田とドラムスの長井が心配そうに木村を見ていた。
「……だからいい気にって何だよ? もしそうだとしたら何だって言うんだ?」
潔隆が木村にそう聞き返した、次の瞬間、
「……てめぇっっ!!」
木村が突如語気を荒げたかと思うと、それまで約1メートル先にあった木村の顔が、たちまち眼前まで迫ってきた。そして同時に、首筋に凧糸で締め付けられるような感触を覚えた。木村に胸座を掴まれたのだ。多少のことには動じない潔隆も、この一瞬の出来事にはさすがに背筋を凍らせた。
「おい木村っ!やめろって!!」
間もなく岡田が二人の間に割って入り、長井も木村を羽交い締めにして潔隆から引き離した。
「……離せ長井っ!! この能面野郎、一度ぶん殴ってやらんと気が済まねえ!! 辞めろっつったのに驚きもしねぇし、見てて腹立つぜ!!」
長井の羽交い締めに抗いつつ、潔隆を見てそう喚く木村。潔隆は一瞬の出来事への驚きで乱れた呼吸を整えながら、改めて彼らの不満の大きさを肌で感じていた。
しばらくして四人が落ち着きを取り戻すと、木村は潔隆に突然の激昂を詫びた上で、続けた。
「……ぶっちゃけ、お前と演ってると俺たちは息が詰まるんだよ。別にお前のギターの凄さを認めないって言ってんじゃない。けどお前のテクは凄すぎて、客がみんなお前のギターにばかり注目して大人しくなるから、俺たちには空気が重くて上手くハジけられない。それが苦痛なんだ」
真剣な面持ちでそう言う木村の語気は、再び徐々に強まっていった。
「……そうか、みんなそういう風に思ってたんだ?」
そう言いながら岡田と長井を見やると、彼らは申し訳なさそうに視線を逸らした。
「……ああそうさ、俺たちはクラシックのコンサートをやりたくて軽音に入ったんじゃねえんだよ!!」
木村は最後に再び怒鳴った。そして再び呼吸を整えると、改めて真剣な面持ちで言った。
「今まで色んなバンドを喰ってきた奴だって噂を聞いてたから、もしかしたらすげーバンドが出来ると思ってお前をスカウトしたけど、正直お前をナメてたぜ。俺たちはマジで我慢が限界に来ているから頼む、辞めてくれ」
潔隆は何も反論しなかった。正直なところ自分自身に非はないと思っているが、それでも彼らにとっては切実な問題だということがわかったからだ。
暫くの沈黙の後、潔隆は踵を返し、そのまま何も言わずに荷物をまとめ、部室を出た。その出際、
「正直残念だ。オレはオレなりにお前らのノリに合わせたつもりだったけど、もしかしたら努力が足りなかったのかもしれないな。すまなかった」
潔隆は三人に対し最後にそう言い残し、部室の扉を閉めた。扉の窓越しに見える三人は、神妙な面持ちで立ちつくしていた。
その後、潔隆は何事もなかったかのように自分の教室に戻り、クラスの出し物を手伝っているうちに学校祭の閉幕を迎えた。
閉幕後には有志者らによる後夜祭があるが、潔隆は参加せず帰宅の途につくことにした。
こうして、潔隆の高校一年目の学校祭は幕を閉じた。
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