時は2037年、10月某日。東京の某都立高校は、学校祭の真っ最中だった。
その要である体育館にはライブステージが特設され、多くの生徒やその関係者、近隣の住民らがオーディエンスとして詰めかけており、ステージ上では一年生の男子生徒四人によるバンドが演奏をしていた。
演奏中の曲は、バンドのオリジナルであるミドルテンポのブルージーなナンバー。ボーカルが前半を歌い終え、ギターソロに入ると、オーディエンスが一斉に息を飲んだ。
皆が息を飲む中、ギター担当の岡本潔隆は、緊張混じりの表情をした他メンバーとは対照的に、落ち着いた表情で弦上に指を走らせた。全神経を両手の指先に集中させ、アドリブを多分に盛り込んだテクニカルなソロを弾きこなしていく。
潔隆がソロを弾き終えると同時にオーディエンスから歓声が沸き起こり、その歓声がボーカルの歌い始めに覆い被さった。ボーカルの男子生徒はそれに惑わされることなく歌い続けるが、面白くなかったのか瞬間的に潔隆を睨みつけた。潔隆はそれに気付いたが、この場は表情を変えず一瞥を返すに止めた。
潔隆たちはその後数曲演奏したが、オーディエンスの反応は十中八九、潔隆のギターに集中した。
彼らのバンド『ストフリ』こと"Stone Free(ストーン・フリー)"は指折りの実力派集団だが、その中にあっても潔隆は異彩を放っていた。
それは他のメンバーが中学入学以降に音楽活動を始めたのに対し、潔隆はそれよりも早い小学3年からギターを弾いているためだ。しかも練習方法も独特で、始めて丸一年と経たない内から、楽譜に頼らない耳コピやアドリブによる楽曲アレンジを実践してきたし、小学校高学年辺りからバンド演奏も多数経験してきた。
よっていくら実力派といえど、潔隆とその他のメンバーの間では、まだまだ埋めがたいキャリアの差が立ちはだかっていたのである。
「みんなお疲れ」
全ての演奏を終え、ステージ袖に下がった潔隆は小さく胸をなで下ろし、他の三人にそう言った。しかし三人とも無反応で、しかも皆それぞれが険しい表情を見せた。
潔隆は三人の間に漂う重い空気を察し、それ以上口を開くのは止め、軽音楽部の部室へと歩を進めた。
潔隆を先頭に四人はほぼ同じ歩調で部室に向かったが、その間に会話は一切なかった。
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