頑張れ香菜やん明日へ向かって

作:小俣雅史

 

第三話

 

 もう暦の上では春になってるとは言え、まだ日が落ちるのは早い。

 わたしと天野先輩が公園につく頃には既に辺りは暗く、公園は電灯がついており何だか寂しさを感じた。話すのに丁度よさそうなベンチはそれに照らされていた。

「それじゃとりあえず温かい物でも買ってくるから、そのベンチに座って待ってて。あ、金は俺がおごるから気にしないで」

「え? いいですよぉ、折角悩みを聞いてもらうんだから、わたしが全部払います」

「いいやダメだ。それじゃ男の俺の顔が立たないじゃないか」

「……そぉ言うんでしたら、自分の分は自分で払いますね」

「いまいち格好がつかないけど……無理にって訳にもいかないからね、それじゃあそうするか」

 言うと、天野先輩は少し子供っぽさを感じる笑みを浮かべて自販機へと小走りに向かっていった。それから一分程待つと、天野先輩は缶を両手に持って再び小走りで戻ってきた。

「はい。何買っていいかわからなかったから……『丑三つ時の紅茶 五寸釘ティー』にしといた」

「あ、うん、ありがとうございます……熱っ」

 わたしはとりあえず缶を受け取ったが、一気に熱さが手のひらに広がって思わずスカートの上に缶を落としてしまった。

「ごめん! 大丈夫か!?」

 わたしのスカートの上から缶を拾い上げてベンチの置くと、天野先輩は心配そうにわたしの手をとった。

「やけどは……」

「大丈夫ですっ、一瞬熱かっただけですから」

「そうか……それは良かった」

 天野先輩は心底ホっとしたような素振りを見せた。

「…………」

「…………」

 顔を上げた天野先輩となんとなく目が合い、そのまま固まってしまう。何がそうさせているのかいまいち自分でもよくわからなかったが、先ほどから手を包む柔らかく温かい感触がわたしを現実に引き戻した。

「あのぉ……天野先輩、手、もういいよ」

「へ? あ、ご、ごめんっ!」

 自分でもさっきからずっとわたしの手を握っていた事に気づかなかったのか、驚いた様子でわたしから慌てて手を離した。それから暗闇の中でもわかるくらい顔を赤くしている天野先輩を見て、わたしもなんだか自分の体が火照っているのを感じた。

 それから再び気まずいような恥ずかしいような沈黙があったが、天野先輩はそれを破ってわたしの悩みを訊いてきた。

「じゃ本題に入るけどさ……悩み、言ってくれるかな?」

「はい……」

 わたしの隣に座り買ってきた缶コーヒーのプルタブを開けて口につける天野先輩を一瞥して、わたしは今思っていること、悩んでいることを打ち明けた。

「明日……何の日か、知ってます?」

「明日? うーん……2月14日……あ、バレンタインデーか?」

 ちょっとだけ考える仕草を見せた後、わたしの方を向いて答えた天野先輩。わたしはそれに小さくうなずくと話しを続けた。

「わたし、チョコをどうしても渡したい相手がいるんですぅ」

「……え!?」

「ど、どうかしました?」

 わたしが言うなり急に驚いた表情を見せ、次に落胆したように表情を変える天野先輩。わたしはそれの意図するところを掴めなかったが、うなだれながらも顎で続きを促す天野先輩を見てわたしは話しを続ける。

「それで、その人なんですけど……もうちゃんとした相手がいるんですよぉ……」

「……なんだ。つまりは相手が居る人を好きになっちゃった訳だ」

 なんだか妙にやる気が失せてしまったように見える天野先輩だが、一応はしっかりと聞いている様子なので気にせず進める。

「はい……それでしかも、その二人は実はわたしも応援してくっついた二人なんです……だから、余計に気まずくて」

「そうかぁ……そりゃ悩むよなぁ……ってまさか」

 何だか二人に心当たりでもあったのか、それらしき言動と表情をする天野先輩。

『あの女たらしが……もう先輩だなんて呼ばねーぞクソがぁ』

 そんな呟きさえ聞こえた気がしたが、わたしが見た事のある普段の彼からそれは想像しにくいので空耳だと割り切る。

「だから、わたしどうすればいいかわからなくって……」

 わたしはそう言って天野先輩に向き直る。じっとその瞳を見つめていると、天野先輩は不意に目線を外して何かあれこれ唸りながら考えるしぐさを見せた。

「あー、うーん……そうだ一応聞いておきたいんだけど、舞方さんが好きな人ってどんな人なんだ?」

「え? んっと、三年の先輩でぇ、スポーツ得意で、頭も良くて、後輩思いの優しい人で、すっごく格好いいんですぅ」

「(……確かに伊波先輩はルックス良い方だし、こう考えるとモテる要素ありまくりじゃないか……)」

 わたしが先輩の好きなところを気分よく挙げてみると、天野先輩は何かぶつぶつ言って再び唸りながら考え始めたようだった。

 それから天野先輩がわたしに向き直るまでしばらく間があったが、それでもやはりちゃんとした結論は出たようだった。

「難しいよな…………よし、これは俺の意見に過ぎないから聞くだけでいい。その後どうするかは自分で決めてくれ」

「はい」

 天野先輩は決心したようにわたしの目を見据えると、一呼吸置いてからゆっくり語り出した。



第四話・エピローグへ続く




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