頑張れ香菜やん明日へ向かって

作:小俣雅史

 

第二話

 

「はぁ……」

 とうとう2月13日、バレンタインデーの前日になってしまった。

 悩み始めてもう手の指だけじゃ足りなくってしまうくらいの日数が経った。しかしまったくそれは解消される気配はなく、このままじゃわたし苦しくて死んじゃうよぉ……。

 部活を終えて夕日を背中に浴びながらとぼとぼと一人帰途につく私。その姿は他の人にはどう映っているのだろう。

「あ……舞方さん?」

「へ?」

 不意に背中に声が掛けられる。わたしはその聞き覚えのある声に記憶を辿らせながら振り向いた。

「あ、天野……先輩、でしたよね?」

 それは悩みの原因であるところの伊波先輩のサッカー部の後輩でもあり、先輩の電話番号を教えてもらった事もあった二年の天野先輩だった。

「今帰り……だよね、その格好と時間からして」

「え、そ、そうです」

 訊かれた事にそのまま返事をする。

 夕日を背景に佇む天野先輩は少しキラキラと光っていた。それはきっと彼が部活を終えた後なので、汗が太陽の光に反射してそう見えるのだろう。

「そっか。じゃここで会ったのも何かの縁だ、一緒に帰らない?」

「え? わたしは別にいいですけど……天野先輩のお家、わたしどっちか知りませんよ?」

「大丈夫、俺は舞方さんの家知って……あ、いやなんでもないなんでもない! そうだね、知らないよね」

 天野先輩は何かを言いかけたが慌てた様子で誤魔化した。どうしたんだろう?

「まぁでも、こっから歩いて30分って所でしょ?」

「そ、そうだけど、何でわかるの?」

「それは……俺もそんなもんだからだよ」

 なんとなくこじつけているような感を受ける天野先輩の態度。わたしはとてもその様子が不自然に思えてならなかったが、勘ぐったところで何か良いこともなさそうなのでわたしはそれ以上の追及をやめる事にした。

 それからわたし達は天野先輩の提案通り一緒に帰り道を歩き始めた。

「な、なぁ舞方さん?」

「なぁに?」

 歩き始めてからしばらく沈黙が続いていて、わたしは別にそれが嫌ではなかったのだが痺れをきらしたのか、天野先輩が突然話しかけてきた。

「君さ、最近何か悩んでるでしょ?」

「え……?」

 突然核心を突くような事を言われて、わたしは動揺した。確かに普段の様子を見ればなんとなく想像がつくだろうが、他の学年にも関わらずわたしを見ている人がいた事に驚いた。

 昔から自分はドジで要領が悪くて、男の子は勿論女の子の友達も多いとは決して呼べなかった。友達でもわたしが悩んでいる事に気づいているくれる人間なんて、今まで一人もいなかったのだ。

 それなのに、天野先輩はわたしの悩みに気づいたのだ。

「今まではいつも寿々奈先輩と一緒に帰ってて楽しそうだったけど、最近はいつも一人で何だかぼーっとしてたよね? まさに悩み事がありますって感じだったよ?」

「…………うん」

 やっぱり……たまたま気づいたんじゃない。天野先輩はわたしの事見ていたんだ。

 なんだか気恥ずかしいような……変な感じ。

「で、なんだ。ここは先輩として舞方さんの悩みを聞いてみようと思ったんだけど……話せるかな?」

 急に一歩前に踏み出して、わたしの進行方向を遮るように立ち止まると天野先輩は言った。

 言われて、わたしも立ち止まって俯きながらその言葉を考えてみる。

(こんなこと、人に話すのは恥ずかしいナぁ……。でも、今まで一人で考えたって何も解決しなかったし……)

(うーん……天野先輩になら話してもいい気がしてきた。うん、折角言ってくれてるんだから、お願いしよう)

 わたしは自分の中で決断を下した。

 勢いよく顔をあげて、自分より顔一つ分背の高い天野先輩を見上げるようにして言った。

「それじゃあお願いしますっ。天野先輩っ」

 私がそう言うと一瞬何故か顔を赤くした天野先輩だったが、すぐに嬉しそうな顔をして胸を叩いていった。

「おうともさ。それじゃ立ち話ってのもなんだし、近くの公園にでも行こうか」

「はいっ」

 わたしは何だか頼もしく見える大きな背中を追いながら、公園へと向かった。



第三話へ続く




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