ACROSS THE BIRTHDAY
作:小俣雅史
第七話
それからさらに数日して、みなもは準備の為に入院する事になった。そしてその後を追うようにしてまりえも入院するはずなのだが、今まりえと智也は公園のベンチに腰掛けながらポツポツと会話を交わしていた。
「これで、お礼を言うのは手術を終えてからってことになりますね」
「そうね……」
まりえは移植の件を喜んで引き受けてくれた、はずだった。だが手術の話を持ち出した途端に急に暗くなったまりえに智也は不安を覚えずにはいられなかった。彼女を気遣うように言葉をかける。
「やっぱり……怖いんですか?」
誰だって、自分の体を切られるのだから少しは怖いだろう。それが医学知識のある人間だとしても。智也はそう思っていた。
「いえ、全然」
「あ、そうですか……」
殆ど表情を変えずに即答するまりえ。だがその表情は決して晴れやかという訳ではない。
(何かあるのかな……)
そう思わずにはいられない。智也はその事について尋ねようとしたが、それより先にまりえは意味深な事を告げた。
「ねぇ三上君」
「なんですか?」
「もし……私が手術を受けるの、嫌だって言ったら、その理由は何でだと思う?」
「え!? い、嫌なんです……か?」
突然言われて智也は動揺を露にした。しかしそれを制止するようにまりえは言う。
「『もし』よ『もし』」
「そうですか……理由ね……」
その言葉に安心してまりえの言った言葉を考える智也。
(手術が嫌な理由……そんなもの、怖い以外にあるのか……?)
だが智也には明確な答えは出てこない。その為ヒントを欲した。
「うーん……他にあるんですか? あったら、何か例みたいなの一つあれば、思いつくかも」
そう言うと、まりえは『そうねえ』と言いながら俯いて考え始めた。しばらくしてまりえは顔を上げると、感情を出すことを拒んでいるかのような無表情で話し始めた。
「それじゃあ今の私達三人の立場を大幅にアレンジしてみて具体例をあげてみるわね?」
「はい」
「仮に私が三上君の事が好きだとする」
「えっ!?」
「仮にって言ってるでしょうが」
「あ、そ、そうですよね、ははは……」
いちいち反応してくる智也に苛立ちを覚えながらも話を続ける。
「まぁとにかく私は三上君の事が好きなんだけど、でも三上君は伊吹さんの事が好き。そしてその伊吹さんはドナーを必要としている病人で、私以外にドナーは見つかっていない。つまりは私がいなければ死んでしまう」
「…………嫌にリアルですね」
「分かり易く説明するためよ。続けるけど、私が三上君を好きで一緒になりたいなら、要は伊吹さんが居なくなれば言い訳でしょ。つまり私は伊吹さんが死ねばいいと思ってるから、そんな女をわざわざ生かすだなんて御免って訳なの」
智也はまりえの話を聞き終えて、なんだかもやもやした物が胸に残った。そして一つの疑念が浮かび上がる。
「それ、例えですよね」
その疑念は何の躊躇もなく言葉となって出て行ってしまった。だが今更取り消すことのできないそれに、智也はわずかな後悔の念を抱くしかなかった。
「……実話かもしれないわ」
「え?」
意外な、そして聞きたくない言葉がまりえの口から発せられる。
「な、それって……」
智也は言葉が見つからなかった。なんと言えばいいか、まったくわからない。
「でも安心して、今はその気がなくなったから」
「……ということは……その……」
前はあった、さらに実話ということである。
「正直ね、私三上君の事が好きになっちゃったみたいなのよ」
「ええっ!?」
突っ込まれることなく驚けるそれは、より強調された驚きとなっていた。さらに意表をついたその言葉には絶句するしかない。
「……でも、三上君って、彼女が死んだら自分も後を追っちゃいそうなくらい好きみたいだから、やめにする」
「…………」
冗談めかして言うまりえの表情は、やはり暗かった。
「それに、私自身伊吹さんの事気に入っちゃったしね……結構辛い立場……」
「……すみません」
どこか遠い目をしながら呟くように言ったまりえの様子を見て、智也は頭を下げて謝った。
「そういうとこに私は惚れちゃったんだと思うなぁ。微妙な気遣いが嬉しいのよ、三上君」
「はぁ……」
「まぁ、伊吹さんを気に入ってなければそれなりに対応が変わってたと思うけど、とりあえずは身を引くわ。でも治ってからは三上君奪取に向けて頑張っちゃうかも」
明るい表情に戻って、小さくウィンクをしたまりえ。智也はそれに安心し、気が緩むのを感じた。
「はは……覚悟しておきます。でも、とりあえずは手術受けてくれるって事ですよね?」
「勿論。それじゃ、これから病院にでも行ってきますか……」
まりえは隣においてある着替えなどが詰めてある重く大きな鞄を持って立ち上がった。
「あ、それオレ持ちますよ」
続いて立ち上がった智也が言う。
「いいわよ……悪いじゃない」
「みなもに会いに行く『ついで』です」
「なんか喜んでいいのか悪いのか、わからないわね」
そのやりとりの後、二人は顔を見合わせて笑った。その笑いの中には、余計な事などまったく無く、純粋にお互い心から笑いあった。
第八話へ続く
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