ACROSS THE BIRTHDAY

作:小俣雅史

 

第六話

 

『検査結果? あぁ、バッチリOKだったわ』

『20日に手術だそうよ。たぶんもう彼女の耳には届いているはずね』

『そんなに喜んで……三上君子供みたいね。まぁ、たぶん私が同じ状況だったら同じ事すると思うけどね』

「…………」

 智也は嬉しそうに飛び跳ねながら前を歩いているみなもを見ながら先日家へ料理を作りに来た時のまりえの言葉を思い出していた。手術が成功すれば、今のみなもの元気な姿は在り続ける。そう思うと嬉しくてついつい表情がニヤけてしまうが、流石に不気味なのでみなもが見ている前ではあまり考えないようにしている。

「ねえねえ智也さん。20日って、何の日だか知ってます?」

「え?」

 智也の家へと向かう道で、突然前を歩いていたみなもが振り返って尋ねてきた。その言葉に智也は特に何か考えることもなく答える。

「手術の日だろ?」

「…………?」

 智也の回答にみなもは不思議そうに首をかしげる。

(あれ? 違ったのか?)

 智也はその様子からその答えは外れだったということを瞬時に悟り、別の答えを考える。が、次の回答も特に考えもせずに浮かんだ。

「誕生日だな」

「ぴんぽーん!」

 智也の答えに満面の笑みを浮かべながら正解のベルを鳴らすみなも。今は忘れていたが、智也はしっかりそのことを覚えていたので難しい問題ではなかった。第一、既にプレゼントを用意しているのだから。

 みなもは正解した智也に嬉しそうに近づくと、その腕を取って顔をすり寄せた。

「えへへ……」

「お、おいみなも……」

 妙にべたべたとくっついてくるその姿は一瞬幼馴染の唯笑と被った。だがそこまで好いてくれていると思えば、智也がふと感じた『この子は本当にみなもか?』という雑念はすぐに振り払うことができた。しかし、今までもそう思う事がしばしばあったので、一抹の不安が智也の心に住み着いてしまった。

 それから二人はくっつきながら智也の家へと向かった。今日はみなもが夕食を作ってくれるというので、智也は喜んでみなもを駅まで迎えに行き、二人揃って家へと到着した。

 智也が玄関の鍵を開けるとまるで飛び込むようにみなもはリビングへと向かっていき、早速その準備を始めようとしていた。もはやみなもは智也の家の勝手を熟知しており、何がどこにどう置いているかなどは完璧だった。

「それじゃあ作りますね。何がいいですか?」

 みなもは自分の家から持ってきた可愛らしい動物の刺繍がされたエプロンを身に付けると、リビングのソファに腰掛けている智也に尋ねた。だが智也は何を作ってほしいかなど別に考えていた訳ではなく、ただ来てくれることが嬉しいというだけだったので返答に詰まってしまった。

「うーん……そう聞かれると出てこないんだよなぁ……」

 窓から見える落ちかけた夕陽を眺めながら智也はそう言って、腕を組みながら考え込むような仕草を見せた。

「それじゃあ、私が選びますね。和食と洋食と中華。どれがいいですか?」

 急に大雑把になったその選択肢には智也もすぐに答えが出た。

「そうだな……最近洋食とかが多かったから、たまにはさっぱりした和食がいいかな」

「和食ですね。分かりました」

 智也の答えを聞き届けると、みなもは再びキッチンの方へ向き直り、その準備を始めた。

 出来上がるまで智也は暇なので何か手伝おうともしたのだが、みなもにそれを拒否されたので仕方なく下らないバラエティでも見ながら完成を待った。

 40分ほどが経過し、味噌汁などの良い匂いが漂ってきて完成が近づいているのを示すのと同時に、智也の腹の虫が活動を始めた。さらに5分もするとみなもは完成を告げ、テーブルには次々と料理が並べられていった。真っ白なご飯、それに添えられた納豆。豆腐とわかめの味噌汁。おかずはアジの干物と、シンプルではあったが智也にしてみればなんとなく憧れるようなメニューでもあった。どことなく結婚後はこんな感じなのかと、少し気が早いことを想像してみると少し頬が熱くなるのを感じた。

「えーと……お箸お箸……あ、あった」

 料理を運び終わると、みなもは食器棚から箸入れを探し出してそれを手にとった。が、次の瞬間みなもは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「え……」

 何気なく視線を送った先にあったのは『まりえ』と彫られた箸だった。その名を見て真っ先に思いついたのは自分の敬愛する片桐まりえ先生。だが彼女の箸が何故ここにあるのか、それを思うとみなもは動揺と不安を隠せなかった。

 茫然と立ち尽くすみなもを見て、不思議に思った智也はみなもに声をかけた。

「どうした?」

 殆どなんの気なく尋ねた智也だったが、ゆっくりと無表情でこちらに顔を向けたみなもを見て形容し難い程のざわめきが胸の中で起こった。

「……なんで?」

「え?」

 そのみなもの第一声はそれだった。だがそれだけでは智也も何が言いたいのかはよくわからなかったが、みなもが胸に抱いている感情だけは何故かそれだけで伝わった。みなもは苦しんでいる。それがわかった。

 だがみなもは智也の言葉を待たずに先を続ける。

「なんでここに先生の箸があるんですか?」

「先生の箸……あ」

 智也は先日まりえが家へ夕食を作りに来た時の事を思い出した。

『これ私用の箸ね。なんでわざわざ持ってきたかって? ほら、よく枕が変わると寝られないとかいうじゃない。あれと似たような物よ。だからこの私の名前付きの誰が見ても私の箸じゃないと食べる気がしないの』

 どうやらその時まりえは箸を忘れていったらしい。ただそれ程大事にしている物ならば気づいて取りに来てもいいはずだが、何故か彼女は取りに来なかった為に智也も気づかなかった。

「どうしてそんな顔するんですか?」

 焦ったような表情を見せる智也に、みなもは怒りの表情を露にして追求する。だが追求すればする程自分の中で悲しみが膨らんでいくのがわかったが、もやもやとした気持ちの悪い感情が歯止めをかけるのを拒んでいた。

「な……なんか勘違いしてないか? みなも」

 みなもの雰囲気に気圧されて智也は少し腰が引き気味になったが、それでも事実を伝えようと言葉を紡ぐ。

「勘違い? 私が何を勘違いしたっていうんですか? それより、なんで先生の箸がここにあるのか、教えて下さい!」

 みなもは智也の正面に歩み寄って箸を突き出しながら言った。

「なんでって……実はこの間まりえさんは家に来たんだよ」

「なんでですか? なんで先生が智也さんの家に来なくちゃいけないんですか?」

「それは料理を作ってくれるって言ったから……」

「料理? 料理なら私がいつでも作りますよ!! それなのに、なんで先生を家に入れなきゃなんないんですか!?」

 みなもは箸を智也に投げつけながら、涙混じりに叫んだ。

「…………」

「なんで黙っちゃうんですか? そう……そうなんだ。智也さんは、まりえさんの事が好きなんですね?」

「!?」

 言った瞬間、智也もみなもも、お互いの中で罪悪感が一気に込み上げた。何でこんなこと言ってるんだろう。何故あの時みなもの気持ちをもっと考えてやらなかったのだろう。しかし押し潰されそうな程の罪悪感が逆に感情を煽ってしまう。一旦堰を切ってしまった感情は止まる事がない。

「智也さんは、もう私の事なんか好きじゃないんですね!? 私なんか、もうすぐどうせ死んじゃうから、死んじゃうから興味なんて…」

 パシンッ

 軽い打擲音がリビングに響き渡った。

「…………」

 みなもは言葉を失い、妙にヒリヒリする頬を抑えながら智也の顔を見上げると、そこには悲しそうな表情の智也がみなもの事を見つめていた。

 智也がみなもを叩いた理由。それはたかが箸でそこまで責められることへの身勝手な怒り、そしてもうすぐ死ぬだなんて一番聞きたくなかったことを口走ったみなもに対する怒りだった。

「……悪い」

 智也は一言そう呟くと、茫然としているみなもをそっと抱き寄せた。すると我に返ったように、みなもは智也の背中に手を回して強く抱きしめ懐に顔を埋めると、嗚咽を漏らし始めた。

「ごめ、んなさい、智也さ、ん……」

 智也は途切れ途切れになる言葉の一つ一つに耳を傾ける。

「私、私怖いん、です……もう、次の発作が来た、ら、死んじゃうんだ、って、なんとなくわかるん、です」

「だから、智也さんと、離れたく、なくて……智也さんに、他の、人を、見てほしくなかった……」

 涙声で必死に訴えるみなも。その一語一語が智也の胸に深く突き刺さり、自分までもが悲しくなってきた。

「もういい……もういいんだよ。オレと先生は本当になんでもないんだ。だから安心してくれ……それに……」

「え?」

 みなもは顔を上げて智也の表情を見た。そこにはわずかに涙を拭った後が見えるが、はっきりとした笑顔があった。

「みなもは助かるよ」

「……どうして、ですか?」

 先の様子を見て智也は気づいたが、どうやらまだみなもは移植手術が決まったことを知らされてないらしい。その事実に智也は苦笑するしかなかったが、今ここでみなもにそれを伝えることを決めた。

「1月20日、みなもの誕生日。移植手術が決まったんだ」

「……それ、本当ですか?」

 智也はきっぱりと言ったつもりだったが、それでもまだ信じられないといった表情で聞き返すみなも。それに対してとモヤはゆっくりと頷く。

「あぁ。ちなみにドナーは誰だと思う?」

「え……わからないです」

 その返事を受け、智也は一呼吸タメを入れてから言った。

「なんと片桐まりえ先生です」

「ええっ!?」

 先程よりも信じられないといった様子で驚くみなも。

「なんで!? どうして先生が!?」

「なんかみなもが病気だってこと一発で見抜いてな……そこでオレがつい話しちゃったんだけど……それが功を奏したみたいで。みなもが気に入ったらしいぞ。だから才能をここで終わらせるのはもったいないそうだ」

「嘘……信じられない……」

 先ほどまでの沈鬱な雰囲気はすっかりなくなり、驚きと嬉しさで一杯になったみなもはその気持ちを智也に胸にぶつけた。智也もそれを受け入れ、再び優しく抱きしめる。

「これで……これで私は智也さんとずっと一緒に居られるんですね……」

「そうだよ……みなも」

 お互い胸を一度離す。それからしばらく見つめあった後、二人の唇は重なり合った。それは、先程みなもが抱いた疑念を完全に打ち消すのに事足りる行為だった。 



第七話へ続く




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