ACROSS THE BIRTHDAY
作:小俣雅史
第五話
「さ、上がって」
「…………」
「…………」
玄関の鍵がかかった扉を全開にして智也と信を促すまりえだったが、智也と信は周囲を見渡しながら驚いたような困ったような表情をしていた。
不思議に思ったまりえは、智也にその理由を尋ねた。
「どうかしたの?」
「あ、いえ……」
智也はまりえの家の正面にある『三上』と表札に書かれた家から視線を外して答えた。
(智也ぁ! お前みなもちゃんという可愛い彼女がいながらこんな美人の女性と家が近所だという理由で親しくお付き合いしていたとは!!)
(知るかっ!! オレだってまりえさんがまさか『オレの家の前』に住んでるなんて知らなかったよ!! だいたい親しくってなんだよ!?)
智也が曖昧に返事をした後信が怒ったような泣いたような表情で智也に訴えるが、別にやましい事などで微塵もなかった智也は否定を続ける他なかった。
「……ん?」
まりえは二人が背を向けて何かを問答している様子が気になりつつも、先ほど智也が見ていた方向に視線を送ってみると、そこには『三上』と表札の出た家が見える。
(三上……もしかして……あそこって三上君の家だったの?)
もし実際そうだったら偶然というか奇跡というか、不思議である。一応まりえは高校を卒業して三年ここに住んでいるが、智也の存在など知りもしなかった。お互い正面に住んでいるというのに、三年もの間顔を知らないというのは実におかしな話である。なのでまりえはそんな訳はないだろうと思い、智也に確認をした。
「ねぇ三上君?」
呼ばれて信から逃げるようにまりえの方を振り向く智也。同時に信もまりえの方へと向いた。
「はい?」
「あの……可笑しな事聞くんだけど、智也君の家って、そこじゃないよね?」
まりえは正面の家を指差しながら智也に言った。できれば自分がバカみたいに思われないように違って欲しかったが、不思議とそうであって欲しい気持ちが複雑に絡んで妙な気分になるまりえ。
そして一瞬苦笑いに近いものを浮かべて口を動かした智也の答えは――。
「可笑しな事に、マイホームです」
「…………」
智也の回答に、まりえは驚くしかなかった。それは智也もまた同じだった。
「ま、まぁとりあえず上がって」
「は、はい」
お互い乾いた笑みを浮かべながらぎこちない会話を進めた。
それから智也と信はまりえの家に上がりこみ、色々と買った物をもともとは書斎だったらしい部屋を改造したアトリエに置いた。
「へえ……ここがアトリエかぁ。みなもの家には無かったけど、それっぽいですね」
「それっぽいも何も、アトリエですもの」
「そうだぞ智也。何寝ぼけたこと言ってんだ」
智也の発言に次々と浴びせられたツッコミ。まりえの反応には納得したが、信の追い討ちには腹が立つだけだった。
「なんか、日の当たるような絵になる場所で描いてるのかと思ってたけど、外の割にこの部屋暗いですね」
「何言ってるのよ。そんな場所に置いたら折角の絵が日焼けしちゃうじゃない。それに物を書くとき影が動いちゃってわからなくなるでしょ」
「そうだぞ智也。何寝ぼけたこと言ってんだ」
「信お前はなんかムカつく!」
こんなこともあった後、智也達はまりえに紅茶や菓子を馳走になり、その後信は友達との約束があると言って帰っていったが、それからも智也とまりえはなんとなく雑談を続けていた。
「へえ……それじゃあ三上君の家には誰もいないのね」
「まぁそうかな」
自分の家族について聞かれた智也は別に隠そうともせず素直に答えた。
「それじゃあ食事とかは?」
「勿論摂ってますよ」
「そうじゃなくて……どんな物食べてるの?」
「コンビニで賞味期限が切れたから捨てられたオニギリとか、作った後三十分過ぎて冷めたから捨てられたハンバーガーとか」
「え!?」
智也の回答に驚くまりえ。別に智也は本気で言ってる訳ではないので、その反応に少し気をよくした。
「冗談です」
「むぅ……ちゃんと答えてくれないと怒るわよ」
「まりえさんなら叱られてみたいなぁ」
「三上君……なんかキャラが変わってきてない?」
「タメ口になれば完成ですかね」
「地が出てきたってことなのね……」
「まぁそんなものかと」
呆れたようにまりえは首をふるふると小さく振りながらため息をついた。しかし打ち解けてきたということを証明したようなものなので、内心は少し嬉しかったのも事実だった。
「質問の答えですけど、基本的にはインスタント製品ですね」
「栄養偏らないの?」
「皆そう言うけど、意外と大丈夫ですよ。それに今はたまにみなもが作りに来てくれるし」
「ふーん……」
智也がそう言うと、まりえは少し考えこむような仕草を見せた。智也が不思議そうにその様子をしばらく黙って見ていると、まりえは頭に電球でもついたかのような明るい表情で言った。
「なら今日うちで食べていけば?」
「まりえさんの家で?」
「そう」
「……うーん、今日はこれからまた行く所があってこのままここにいるって事はできないんですよ……」
「そう? でも家には帰ってくるんでしょ? それじゃあ今日は私が作りに行ったあげるわ」
「え!?」
いきなりの申し出に智也は少し戸惑った。別に嫌な訳ではないが、まだ知りあって日も浅い上何か関係があった訳でもないので、そういう人間、ましてや彼女ある身で他の女性を家へいれるというのもマズイのではないかという良識のようなものもあった。
「なに? 嫌なの?」
途端に不機嫌になって怖い顔をするまりえ。
「嫌じゃないですけど……色々と、問題があるかもしれなくもないかもしれないというか……」
「あー、気を遣わなくてもいいわよ。今日のお礼だと思ってくれれば」
ちょっと意味が違うが、そう言われるとなんだか断りづらくなってくる。
(ま……みなもの尊敬する先生だしな……それにドナーの件だって……あ、検査終わったのか? あとで聞いとこ……で、とりあえず)
「それじゃあ、お願いします」
「はい。期待してね、これでも料理は小さい頃からやってるのよ」
智也はそのアピールに一つ苦笑すると、まりえに頭を下げて用事の為に家を後にした。
第六話へ続く
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