ACROSS THE BIRTHDAY

作:小俣雅史

 

第四話

 

「……お……おもいぃ……」

「男の子が何言ってるのよ。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

「ま……間に合ってるからいいです……」

 智也は約束通りまりえと買い物に来ていた。それは半分みなものためのような物でもあったから、少し位重くても我慢できるだろうと、最初はその事を軽んじていた智也だったが現実はそう甘くはなかった。両手にイーゼルを二つずつ持たされ、首からはこれでもかというぐらいの量の絵の具。それは想像を絶する重さにまで到達していた。

「くっ……こ、こんなにストックって必要なんです……か?」

 苦しいが、それを紛らわせようとまりえに話し掛ける智也。一方のまりえはそれを察しているのかいないのか、顔を向けずに返事を返す。

「折角お金と荷物持ちがあるんだから、使う時にはパーっと使わなきゃね」

「すると普通はこんなに買わない、と……」

「当たり前よ」

 その答えに智也の気力は余計に削られた。だいたいにして、絵を描かない智也ですらこんなに買い込まないだろうと想像はつく。それでもプロだからもしやと思い、買う時点で抗議しなかった智也は自分の詰めの甘さを痛感した。

それからもまりえは色々な物を買い込み、それを容赦なく智也に持たせた。もう既に智也の足腰は限界まで来ていて『このままじゃオレは二度と野球のできない体になってしまう』等、自分でも意味のわからない心の叫びが込み上げていた。

 さらに時間が経つと、やっとまりえは買い物を終えたようで、一人急に走っていったかと思うとアイスクリームを両手に戻ってきた。

「はい、お疲れ」

 まりえは機嫌がよさそうな表情で智也にアイスクリームを差し出す。だが両手が塞がっている智也はそれを受け取ることができない。智也にはそれがただの嫌がらせとしか思えなかった。

「……そういうならそれよりまず座る場所が欲しいのですが……」

 しかし今の智也にはいかに魅力的なものであろうと、安息の場所以外求めてはいなかった。その反応を見て多少不機嫌な表情をしたまりえだったが、どうやらそれは本心からではないようで、再び笑顔になって智也が首から下げていた荷物を取り上げた。

「え? まりえさん?」

 いきなりの行動に智也は少し戸惑ってまりえの方を不思議そうな表情で見つめるが、体の方は軽くなり、思い切りこっている首を無意識的に動かしていた。

「ちょっと意地悪だったわね。これくらいは私が持たないと流石に悪いわよ」

 まりえはそう言って少し反省するようにペロっと舌を出して照れるような仕草をした。その瞬間智也の心臓は何かに射抜かれたような錯覚を覚えたが、それが何かを判断する前に背後から何かが猛然と走りよってきた。

「ちょっとそこのお姉さん! 俺とお茶しませんか!?」

 智也とまりえの間を埋めるようにしていきなり割って入ってきた男。しかも完全にナンパが目的のようだ。それに対して智也はいっそ殴ってやろうかと思ったが、手が塞がっている上、どこかで聞いた覚えのある声に攻撃を踏みとどめていた。

「な……何あなた?」

「俺は、運命的にあなたと出会いを果たした白馬の王子です」

「はぁ?」

 男の訳のわからん口説きにまりえは呆れたような表情で応対する。それを見て智也は、その男に一発蹴りを入れた。しかしその拍子でバランスを崩してしまいそうになったが、なんとか姿勢を保った。

「あたっ! ……いきなり何すんだ……って、智也?」

「オレが他の誰かに見えるか?」

「唯笑ちゃんには見えないな」

 それは智也の親友だの悪友だの色々と人によって説は様々だったが、とにかく智也とは仲の良い友人、稲穂信だった。それを確認したから智也は蹴りをいれたのだった。

「え? これ三上君の知り合い?」

「これって……まぁいいですけど、一応そうです」

 二人の様子にそれを察したのか、尋ねてくるまりえ。そして信は『これ』扱いされた事にショックを受けたのか、どこか悲愴な表情を智也に向けた。

「あ、俺稲穂信っていいます。智也君とはそれはもうもうラブラブかつハッピーな毎日を送ってまして」

「誰がラブラブだよ」

 悲愴な表情はどこへいったのか、信はまりえが智也と知り合いだと気づくとすぐに自己紹介を始めた。しかし何故か緊張しているようで何を言っているか本人でもよくわかっていない状況にある。信はこういうことは頻繁に行っている、世間では軽いとされる方なのだが、本当は中々堅実で初々しいところがある。それが発揮されるのは、本当に真剣な悩みの相談を受ける時や、本気で好意を覚えた人に対してである。今の様子を見ると、どうやら信はまりえに一目惚れに近いものを持ったらしい。

「え……三上君って、そういう趣味だったの……?」

 本気で心配そうに智也の事を見るまりえ。

「謹んで否定させていただきます」

 それに対してはムキになる気も起きなかったのであくまで淡々と答えた。

「まぁ、まりえさん。パっと見ただのアホですけど、本当は良いヤツなんであからさまには嫌わないでやってください」

 しかしそれでも智也は友情という概念を少し持っていたので、多少は弁解してみた。

「うーん……却下ね」

 あっさり却下。それには信もうなだれるしかなかった。

「まぁ信、そう気を落とすな。ほら、これでも持って好感度アップだ」

「え?」

 智也は信にイーゼルを全て持たせると、今まで感じた事のないような解放感に包まれて、大きく伸びをした。それでもまだ腕には筆だとかスケッチブックなどが持たされているが、そんなものは今までのに比べれば気にもならなかった。

「え? あ、ちょっと待て智也! どこ行くんだよっ!」

 並んで歩き出した智也とまりえの背中に、イーゼルを持ったまま声を投げつける信。

「どこ行くんですか?」

 こればっかりは智也も把握していなかったのでまりえに尋ねる。するとまりえは自分の家にもう帰るといい、そこまで運んでもらうことを智也(+信)に約束させた。ここまで付き合ったのだから、別に家まで送ったって対して変わらないだろう、そう考えたからだ。

「じゃあ信、ついてこいよ」

 後ろを振り向いて言う智也。

「…………」

「不服か? 惜しいなあ。折角まりえさんの家が見られるかもしれないというのに」

 不満げな表情の信に智也は言った。

「さぁ行こう、親友の智也君」

「……へーへー」

 まるで表情を変え少々不気味な笑みを浮かべながらまりえの後をついていく信には、それなりに長い付き合いの智也も変わり身の早さにはただただ呆れるしかなかった。



第五話へ続く




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