クリスマス集結指令

作:小俣雅史

 

第三話

 

―藍ヶ丘―



「…………よし、わかったよ。それじゃあな、詩音。楽しみに待ってるよ」

 ガチャンッ

 智也は友人の一人、双海詩音にクリスマスパーティの旨を伝え終わると、受話器を半ば乱暴に戻した。

「はぁ〜……」

 智也はため息をつきながらソファーに腰から崩れ落ち、そのまま自然の流れに任せてソファーに寝転がる。智也は全員に電話を終えて、疲れたのだ。普通電話で疲労するという話はあまり聞かないが、普段からあまり電話を使用しない智也にとっては、唯笑や信以外の人間の家に電話を掛けるのは中々神経をすり減らしてしまうのだった。 

 電話を掛け終えてみれば、外に出ていた夕陽がいつの間にか落ちていて、外は既に暗くなっていた。

(一人だけで随分時間が掛かったな……いや、日が落ちるのが早いだけか)

 時計を見るのも億劫だった智也は、そう自己完結して瞳を閉じた。すると、ろくに運動もしないのに今日の疲れが一気に出たのか……いや、いつでもそうだが智也は一気に眠りに引き込まれていった。頭の中で意識がフェードアウトしていき、それからすぐに智也は寝息を立てはじめた。

「…………」 

 バンッ!!

 突然、部屋中の沈黙がドアを叩きつける音によって破り捨てられた。その音量からは物凄い勢いで開かれたことが容易に推測できる。

「どわっ!? ……な、なんだ?」

 既にノンレム睡眠に入っていた智也も、その音には心臓がひっくり返る思いで叩き起こされた。先ほどまで倦怠感により動かそうともしなかった体が勢いよく跳ね上がって周囲の様子を確認する。

 そして智也が混乱した脳髄をフルに活動させる前に、すぐ轟音のセカンダリウェーブが三上家を襲った。

「とぉぉぉもちゃあああんっ!!!!」

「ゆ、唯笑かっ!?」

 その声で一瞬耳に痛さを感じたが、すぐに幼馴染の今坂唯笑だということ確認した智也は、立ち上がって唯笑を出迎える体勢をとった。

「あ、いた智ちゃん! ねーなんでなんで!? 酷いよ智ちゃんっ!!」

 唯笑は智也の姿をリビングに認めると、何故か今にも殴りかかりそうな勢いで智也に詰め寄る。その様子に智也は二三歩後ずさってしまったが、心当たりのない智也はすぐに足を固定して、とりあえず唯笑を落ち着かせようとした。 

「ゆ、唯笑。よくわからんがとりあえず落ち着け!」

 涙目になって訴える唯笑に智也は少し動揺しつつもしっかりと体を両手で支えてやり、鼻をすする唯笑をなだめていった。ふぅ……なんだ一体。

「うぅ……智ちゃん……なんでなの? なんで唯笑だけだめなの?」

「は?」

 唯笑は先ほどから智也には意味のわからない事を言っている。それは落ち着いた後でも変わらないらしく、こうなっては智也も訊くしかなかった。

「あー、なんだ。何がダメなんだ? オレ何か言ったか?」

「クリスマスパーティだよぉ! みなもちゃんから聞いたよ! なんで唯笑だけ呼んでくれないの!?」

 智也の胸倉を掴んでガクガクと揺らしながら唯笑は抗議をするが、智也はその原因がなおも理解できない。脳を揺さぶられてまともに思考できないせいもあって、智也は唯笑を呼び忘れていることを一瞬考えることができなかった。

「……あ! 忘れてた」

 しかし智也は自分のミスに気づいた。唯笑を呼ぶの忘れてた……。電話をかけることばかり考えて、いつでも会おうと思えば会える距離にいる唯笑にすっかり気が回っていたなかったのだ。

「忘れてた!? 酷いよ智ちゃん……ってあれ? ということは、唯笑も呼ぶつもりだったってことだよね?」

 智也の言葉に最初は怒りを感じた唯笑だったが、よく考えてみると自分が考えていたこと誤解だったことに気づいた。急に悪い気分が冷め、唯笑は智也の胸倉から手を離して笑顔に戻る。

「はぁ……そうだよ」

 それを見て、智也は乱れたTシャツを直しながらため息混じりに答える。すると唯笑は嬉しそうに笑いながら智也の首に手を回して抱きついた。

「そうだよねえ、そうだよねえ。智ちゃんが唯笑を見捨てる訳ないもんねえ」

(見捨てるって……それに今更ながら随分と単純なヤツだな……まぁいいか)

 唯笑の言葉にどこか違和感を感じた智也だったが、とりあえず信頼されているということを素直に喜んでおくことにした。

 それからすぐに暑苦しさを覚えた智也は、唯笑の手を解いてソファに座り、クリスマスパーティについて説明しはじめた。

「まずきっかけなんだが、一昨日暇潰しに散歩してたら小夜美さんにばったり会ってな。で、色々話してたらそういうことになった訳だ」

「へえ……小夜美さん、そういえば誕生日パーティ以来だね」

「そうだな。最近、皆で集まるってことしてなかったら、丁度良かったんじゃないか?」

「うん。唯笑楽しみだなぁ……早くクリスマス来ないかな」

 そう言って唯笑ははやる気持ちを押さえきれず、立ち上がって智也の家のリビングをぐるぐると歩き始めた。智也はその様子がなんとも唯笑らしく、可笑しいのでつい苦笑してしまった。

 トゥルルルル

 智也が苦笑していると、突然リビングに電話の呼び出し音が鳴り響いた。

「あ、智ちゃん電話だよ」

「ああ」

 智也はソファから立ち上がって電話の前に行き、受話器に手を持ち上げた。その際唯笑が受話器に耳を近づけてきたので、智也は邪魔に思って軽く手で追い払おうとした。それを見た唯笑は多少不機嫌な表情をしながらもソファに腰を降ろす。

「はい、三上です」

「元気?」

「いや、オレは元気だが……って、小夜美さん」

 相手は名乗らず、一瞬悪戯電話かと思ったが、その特徴的な声は智也の記憶にある声と合致していたためにすぐに小夜美だとわかった。

「ピンポーン。よく声だけでわかったわね。さては智也君、私に惚れてるな?」

「あーはいはい。それで小夜美さん、何の用ですか?」

 小夜美の言葉を冗談だとわかっているので軽く受け流す智也。それに対して小夜美は少し不機嫌そうにいった。

「可愛くないなぁ。まあいいわ。実は人員の追加なんだけど、いい?」

 そう言われて智也は少し返事に迷うも、もともと小夜美の提案した計画なので即座に拒否することはできなかった。それに拒否する理由も特に見当たらない為、智也はとりあえずその人員について訊いてみることにした。

「えっとねえ。一人は信くんの友達よ。それにその人の彼女と、姉。それに信くんの友達の友達が五人程……つまり、合計8人の追加ね」

「は、8人!?」

(ええと、現状でオレ、信、唯笑、かおる、詩音、みなもちゃん、小夜美さんで七人……ってことは15人か!?)

「小夜美さん、それは流石にオレの家じゃ無理かと……」

 智也は正直に思ったことを告げた。確かに智也の家は狭い訳ではないし、リビングからソファ等の家具を全て取り除いてしまえば、入らないこともないし、部屋も含めればかなりの広さである。だが料理などを考えれば、少しその人数は無理があった。

「違うわよ智也君。智也君の家だからこそこの人数でこんなことができるのよ」 

 しかし智也の意見は小夜美にあっさり否定され、さらに智也の家で行うという意思を強く表明していた。オレの家だからって、小夜美さんはオレの家来たことあるから、間取りは大体わかると思うんだが……できるのか。小夜美の言葉で少し智也は何か方法があるのかと考えた。しかしそう簡単には思い浮かばず、次の小夜美の言葉を待った。

「智也君の家は、親は絶対に帰ってこないから何しても問題はない。さらに、全ての部屋が使えるからスペースには困らないのよ。ある場所は使う。それが根性ってものなのよ」

「はあ……」

「なによ、納得いかなそうな返事ね」

「わかりましたわかりましたよ!! もう15人でも豪傑108人でも何でも来てくれっ!!」

「それでこそ男ね。それじゃ智也君、ばぁ〜い」

 ガチャッ

 電話の向こうで受話器の電源を切る音がして、智也は先程より乱暴に受話器を戻した。それを見た唯笑は少し引きつったような笑顔を浮かべて智也をフォローしようとした。

「と、智ちゃん。なんか凄い大人数みたいだね……唯笑は構わないから、当日頑張ろうね!」

 そう言って引きつった笑いを顔に貼り付けながら、乾いた笑い声を響かせて唯笑はそそくさとリビングから出て行った。智也の視界から消えてすぐに玄関のドアが開く音がして、それを聞き届けた智也は再びソファに寝転がった。

「ったく! 人の家だと思って……下手すりゃ床が抜けるっての……」

 小夜美に対しての文句を今頃になってぼやき始め、なんとなく気分の悪さを感じた智也はこの状況を打開するべく行動に移した。つまり寝る。

 瞳を閉じれば、修行僧の敵となる水泳選手が一気に襲いかかり、智也はあっという間に眠りに引き込まれた。こういうどんな状況でもすぐに寝れるのは智也の特技である。

 次の日、智也が目を覚ますと、怒りの気分などすっかり忘れていた。

「ま、なんとかなるか」



第四話へ続く




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