クリスマス集結指令
作:小俣雅史
第四話
―桜峰―
「それじゃ希ちゃんお先に。あ、それと例の件、よろしくね」
「わかりました。是非、行かせていただきますね。それじゃ健さん、さようなら」
健は希に軽く釘をさすと、ルサックの裏口を出て帰途についた。
バイトの帰り道、流石に冬のこの時間帯の寒さは一線を画している。亜熱帯と化しつつあるこの日本でも、やはり温帯である冬は凍える程の寒さを感じ、健も早くこの状況から逃れようと朝凪荘まで足を急がせる。
(あー、クリスマスパーティかぁ。とと達は大丈夫だってほたるから聞いたし、希ちゃんもOKと……後は、先生だけだな)
健が少しでも寒さを紛らわそうと、クリスマスパーティのことについて思考をめぐらせ始めたその時だった。今丁度考えていた先生こと南つばめが、健の視界の中に現れた。片手にはコンビニの袋が握られており、以前健が『その格好じゃあ死にます』と言って自分で購入してまで着させたコートを羽織ったつばめが歩いていた。健はすぐにつばめだということを認識すると、つばめの後姿に声をかけた。
「先生!」
健が元気良く声をあげると、つばめはそれに反応して健の方を振り返った。
「健くん、バイトの帰りなの?」
「はい」
そう言って健は立ち止まったつばめの横に並び、連れ立って歩き始めた。丁度よかった……先生にパーティのこと話しておこう。
健は朝凪荘につくまでつばめととりとめのない雑談を交わし、さび付いた門を開いてからクリスマスパーティについての話を切り出した。
「あの先生、実は話があるんですけど……」
「なに?」
そうつばめは応答しているがその歩みは止めなかった。朝凪荘の玄関へ足を進め、健もそれに習って自分の部屋へと戻りながら話を進めた。
玄関に入り、階段を上がり、部屋の前にたどり着く。
「で、どうですか先生」
「そうね……面白いわね、きっと」
「それじゃあ、行ってくれるんですね」
「ええ。それじゃあ、おやすみ、健くん」
「あ、おやすみなさい」
つばめは健に挨拶すると、自分の部屋の扉を開けて中へと消えていった。
つばめに関して、行くという方針で話が纏まった。
つばめの部屋の扉が完全に閉まるのを確認すると、健は自分の部屋の前へと戻り、すっかり冷たくなった金属のドアをノブに鍵を差し込んだ。捻ると鍵が開いて、健はドアノブを回して自分の部屋へとやっと帰り着いた。そのまま部屋の中央まで進んで、健は電気をつけると、上着を手近にあったハンガーにかけて、朝から敷きっぱなしだった布団に寝転がる。
(これで全員かぁ。楽しくなりそうだな……でも、信くんの友達ってどんな人なんだろ)
健は静流の話していた信の友人のことを考えた。どうも境遇はぼくに似ているらしい。それだけの認識ではあったが、それだけでも随分と興味の引かれる話だった。もっとも、誰でも話の上での人間がどんな人かは気になるもので、健も例外でなかったというだけの話ではあるが。
どんどんっ
健があれこれ想像していると、その思考を中断するように部屋の扉をノックする音が聞こえた。信くんだ。健は即座に悟った。長くここに住んでいると、ノックの音だけで誰が来たのかわかってしまうのだ。ただ単に健の部屋を訪れるのが、ほたる、信、つばめ、翔太の四人くらいだからという理由もあるが、ノックにも個性が出ているところもまた面白い話しだった。とにかく健はそれを信だと悟ったので、すぐに返事をした。
「はい、どう」
ガチャ
健がどうぞと言い終わる前に扉は開かれた。どうやら信はいることだけでも確認できれば強引に入るらしい。
「ぞ……」
言い終わった時には既に部屋の入り口に立っている。
「よぉイナケン。パーティのメンバー、全部集まったか?」
「あ、はい。一応……」
健は信の質問に答えながら体を起こしてあぐらを組むように座りなおした。
「そうか」
健の返事を聞いた信は一回頷いた後、急に破顔した。それを見て健は背中に寒気が走って60センチばかり後退したが、信はそのことに対して突っ込むことはなかった。
「んっふっふっふ……イナケンよ、これぞまさしく『ハーレム』というヤツじゃないかね!?」
信はガッツポーズをしながら健に同意を求めた。しかし健は信が言ったハーレムというものの理由がわからなかったために、困ったような表情を見せる。
「な、なんでハーレムなんですか?」
「どう考えたってそうであろう。全員合わせて15人。そのうち、女の子はなんと11人もいるのだ!! まぁ彼女持ちのお前とあいつには関係のない話だが、俺にとっては9人が守備範囲、出会いの宝庫なのだあ!!」
あればクラッカーを鳴らしながらファンファーレでも吹きそうな信の浮かれように健は苦笑するしかなかったが、別にそのことは嫌だとは感じていなかった。それより健が気になるのが、人数の多さである。15人も呼ぶくらいなので、一人暮らしといえど実は親とかがお金持ちなのかもしれない。健は少し親近感が薄れていった。
「いやマテ……よく考えたら中身は皆俺の知り合いばっかじゃないか……。うーん。まぁ皆イイから頑張っちゃおう! 俺!」
「はは……ん?」
突然ポケットからメールの着信音が鳴り出した。健は何も考えずにポケットから電話を取り出すと、やはり画面にはメールの着信を知らせる表示が出ていた。それは静流からだった。健はすぐにメールを開いて内容を確認した。
「ん? 誰からだ、イナケン?」
「静流さんからです」
健が携帯をいじっているのに気がつき、信がディスプレイを横から覗く。
「えと……クリスマスパーティのメンバーのことですね……」
「追加の話か?」
「ええ、ぼくの方の追加を聞いてきたんですけど…………」
健は信と会話しながらメールにつばめと希の追加の件について打ち込み、手早く送信した。
「これでよし……」
しっかりと送信したことを確認すると、健は携帯電話をポケットにしまい込んだ。
「つーことは、もう後は行くだけだな」
「そうですね」
「あー早くクリスマスにならねえかなぁ……」
信はそうぼやきながら体を入り口の方へ向けて、そのまま玄関のドアノブに手をかけ挨拶もせず出て行ってしまったが、別にいつものことなので健は気にしない。その後姿を一瞥して見送ると、健は再び布団に横になった。
「ふああ……眠……」
バイトの疲れもあってか、急に眠くなってきた健は他に何かすることもないので、電気を消してそのまま瞳を閉じた。すると健は数秒もしないうちに、睡魔という快楽の魔手によって漆黒の闇の中へ落ちていった。
第五話へ続く
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