クリスマス集結指令

作:小俣雅史

 

第二話

 

―藤川―



「健ちゃん健ちゃん〜♪ クリスマスだねぇ、クリスマス」

「うん、どこもかしこもクリスマスだ」

 やはりクリスマスムードにすっかりと彩られているここ、藤川。煌く電飾や終わりを告げないクリスマスソングは澄空となんら変わらなかった。その街に今日、伊波健と白河ほたるは買い物に来ていた。とは言っても、別に買いたい物がある訳ではなく、ただ二人で街を歩くことだけが目的のいわゆるデート、ウィンドウショッピングである。

 二人は腕を組みながら歩き、誰から見てもどこから見てもカップルで、当然聖なる夜には既に二人で過ごすと決まっていた。だが、この世の中そう予定が上手く進むとは限らない。

「あ、ほたるに健くんじゃない」

 健とほたるが街の中を歩いていると、突然二人の背後から声が掛けられた。一瞬その声が誰だか健はわからなかったが、ほたるは何の迷いもなくその存在を認識して振り向いた。

「お姉ちゃん!」

(あ、静流さんか)

 ほたるの言葉に健も気づいて、若干ほたるに遅れながら健も声の方に振り向いた。そこには健の予想通り、穏やかな雰囲気のコートを羽織った女性、白河静流、つまりはほたるの姉がその長い髪を北風に揺らしながら立っていた。

「静流さん、こんにちわ」

「こんにちわ健くん、今日も二人は仲が良いわね。こんなに寒いっていうのに、ここだけ熱いみたい」

 静流は悪戯っぽく微笑むと、手で自分の方を扇いでいかにも熱いという仕草をしてみせた。その姿につい健とほたるは苦笑してしまった。

「ところでお姉ちゃん。なんでこんなところにいるの?」

 そういえばそうだ。と健も思い、静流の反応を窺った。別に静流が街に居たところで不自然さは微塵もないのだが、家族や学校の友達と外で会うとつい尋ねてみたくなってしまうもので、ほたるや健もそういう反射的な理由だった。

「ちょっと小夜美と会ってきてね。あ、そうそう。小夜美がね、クリスマスパーティを知り合いの家でやるんだそうよ」

「それがどうかしたの?」

 静流が言った話にほたるは疑問を持った。別に小夜美がパーティをするからと言って、ほたるにとっては知ったところで意味はないからだ。しかし静流はそれが伝えたい用件のように言った。静流はそれほど必要のないことは喋らないタイプなので、ほたるにとってはそれが少し不思議だった。

「この口ぶりから、何かわからない?」

 そう言われてもほたるはまだ首を傾げていたが、健はすぐに察した。

「……つまり。ぼく達も行こう……と」

「正解」

 健の回答は正しかったようで、静流は頷いた。しかしそうは言われても、今年のクリスマスは二人で過ごす予定だった二人なので、すぐに『じゃあそうさせてもらおう』とは言えない。ましてや、知らない人の家でやるとなると不安も大きい。

「あれ? 二人とも、嬉しそうじゃないわね……あ、そうか。今年は二人で過ごすって訳ね。ごめんなさい、余計なこと言っちゃって」

 二人の様子からダメだということを悟った静流は、申し訳なさそうにする。別に悪いことをした訳ではないが、静流はこういうことに関しては敏感で、そこが静流の良いところで、言われた方にとっては脅威だった。はっきり『嫌』と断言できなくなるのだ。まして、健の性格からしてフォローを入れるということは明らかだった。それが穴になるとは健は知らずに。

「別に嫌ではないんですけど……何しろ知らない人の家でっていうのが少し不安で……」

「あら、そうでもないらしいわよ。小夜美の知り合いだけど、あなたと同い年で一人暮らし。しかも稲穂くんのお友達だって」

「信くんの友達? しかも一人暮らしかぁ……なんか親近感湧きますね」

「健ちゃんみたいな人だったりして」

 そうやって興味を示した二人に、静流はたたみかける。どうやら今回のは巧みな話術だったようである。

「ね? どう? これから二人は長くながーく延々と一緒に居られるんだから、たまにはこういうのもいいんじゃない。私も行くし」

 そう言う静流に、健はともかくほたるは唸りながら考え出す。お姉ちゃんも行くのかぁ……それに、その健ちゃん似の人にも会ってみたいしなあ……。ほたるは姉も行くということと、勝手に健ちゃんに似ていると決め付けた信の友達とやらに会いたい気持ちもあって、彼女の中では行くという方針で話が纏まった。 

「そうだね。これから健ちゃんとは嫌って言ってもずっと一緒につもりだし、二人きりのクリスマスパーティは、また今度にできるもんね。いいよね? 健ちゃん」

 ほたるに言われて、健は少し考える。本当はあまり行きたくないのだが、なにしろほたるが行くと言っては断る訳にはいかない。まぁほたるが居ればどこでもいいか。健はそう自分を納得させて、首を縦に振った。

「それじゃあ行かせてもらいますね、静流さん」

「ええ、わかったわ。あ、それと、他に誘いたい人とかいたら、後5人くらい大丈夫だそうよ。一緒に行きたい友達とかいれば、誘ってみたら?」

 そう言って、静流は踵を返していった。その後姿を二人で見送り、静流が視界から消えたところで二人は顔を見合わせた。

「ねえねえ健ちゃん」

「なに?」

「誰を他に誘うつもりなの?」

 ほたるは誘う友達が気になるようで、健の顔を見上げながら尋ねてきた。しかし健はまだ誰かを誘おうと考えてもいなかったので、答えることはできなかった。そのため逆に聞き返して時間を稼ぐ。

「ほたるは?」

「え? ほたるはねえ……」

 どうやらほたるもまだ考えてはいなかったようで、少し考えるような仕草を見せる。しかしすぐに見つかったらしく、嬉しそうに弾むように健に話した。

「やっぱりととちゃん! それとぉ……鷹乃ちゃんかな」

「寿々奈さんにととかぁ……うん、いいんじゃない?」

 健はその人選には賛成だった。どちらもお茶した仲で、健の中でも友人と言えば彼女ら、飛世巴と寿々奈鷹乃の名前が挙がってくる。当然反対する理由などはなかった。

 そして健は、ほたるが考え込んでいる間に自分も友達を選んでいた。

「とりあえず翔太だろ。それと……友達とは違うけど、お世話になってるから南先生。あとは希ちゃんかな」

 健はそう言ってほたるの顔を見つめた。返答を待っているのだ。だが、そのほたるの表情はなんだか不機嫌で、首を縦に振る気配がない。

「ど……どうかしたの?」

 流石にその様子を不思議に思った健は、ほたるにそのことを訊いた。

「何で女の子ばっかりなの? しょうたんはいいとして、やっぱり健ちゃんは先生が好きとか。それと希ちゃんってあのバイトの子だよね……まさかほたるの知らない間にそんな関係に!?」

 ほたるは自分で言いながら、次第に表情を凍てつかせていった。その様子を見て健は全力で否定する。

「違う違うっ! そんなんじゃないよ。ぼくが好きなのはほたるだーっていつも言ってるだろ?」

「…………」

 弁解した健にほたるは訝しげな視線を送り、健はその表情を見て背筋に冷や汗が伝った。いや、別にやましいことは本当にないんだけどな……。

「そうだよね」

 だが、ほたるはいきなり表情を一辺させ、笑顔になって健に飛びついた。

「健ちゃんがほたる以外の女の子好きになる訳ないもんね。ほたるも健ちゃんだ〜いすき♪」

(うーん……嬉しいような、なんか悲しいような……ま、とりあえずほたるを愛してるって心にウソはないしな)

 ほたるの根拠のない断言に色々と考えることはあったが、とりあえずそう思って健はほたるを抱きしめた。



第三話へ続く




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