雨と思い出と……
作:小俣雅史
第二話
智也は特にすることもなかったので、ぶらぶらと目的意識もなく散歩していた。
いつもなら唯笑などが遊び相手になっているのだが、今日は友人との約束があるらしく、話し相手にさえならなかった。それだけわかると、他に誰かと会おうとも思わなかった智也は、今にも雨が降り出しそうな曇天の中、服を選ぶのも面倒なので制服を着て家を出た。
しばらく意識することなく適当に歩きつづけていると、いつの間にか雨が降り始めているのに気がついた。雲の様子から通り雨ではないことを悟った智也は、近場で雨宿りするよりいっそ家へ戻ることを選んで、家の方角へと足を向けた。
ザー…………
ほどなく歩くと、雨が本降りになり始め、自然に智也も小走りから駆け足になっていった。
雨粒を裂きながら智也は駆けていくと、大きな交差点が目についた。
(……ここは……)
そこは紛れもないあの時、彩花が交通事故にあった場所で、今降り続いている雨も相まって智也に彩花の記憶を引き出させた。
いつの間にか智也は足止めて、茫然とその場に立ち尽くした。何故足が止まったのか、理由はわからない。ただ、今日に限って智也を縛り付ける何かがそこからは感じられ、智也は釘付けになっていた。まるでこの世界全体が智也をこの場所に留まらせているかのように。
そのまま智也は交差点を眺めていると、白い物体がゆっくりと動いているのが見えた。
(…………!?)
白い傘。
真っ白な傘が、交差点を渡りきろうとゆっくり歩んでいた。その光景は、否が応でも智也にあの時の記憶を引き出させる。
と、その時、智也は視界の彼方から、真っ赤なカラーリングの自動車が近づいているのが見えた。そしてその車は速度が一般道にしては異常に速い。
智也は妙な感覚に胸を締め付けられ心臓の鼓動が段々と速くなりながら、不自然に重い眼球を強引に白い傘へと向けた。すると、その傘は何故か動きを止めて茫然としたように立ち尽くしていた。信号はいつの間にか赤に変わっている。
「危ないっ!!」
このままだと確実にその白い傘の持主が赤い車に轢かれてしまうのを悟った智也は、反射的に白い傘へと駆け出していた。
キキーッ!!
雨音を切り裂くように自動車のブレーキ音が周囲に反響する。そのまま止まってくれればなんら問題はなかったのだが、この雨のせいで自動車のタイヤがスリップし、智也が考えたようには止まらなかった。
それを察した智也は駆け出していた足の速度をさらに速め、その傘に向かって一気に飛びついた。
もう、ここでは何も見たくない。それだけが智也の体を動かしていた。
その白い傘の持主の肢体を抱きかかえ、歩道へと転がる。ギリギリのタイミングだったようで、なんとか智也も傘の持主は車に轢かれることはなかった。
ショックのため、智也は数秒間起き上がることができなかったが、後ろの方で車が走り去っていく音だけは聞くことができた。
「……だ、大丈夫? 君?」
しばらくして我に返った智也は、地面に擦れて出血している顔を起こしてその少女を抱き上げた。ちなみに少女というのは白い大きな帽子から、長い栗色の髪の毛が見えたから判定できたことだった。
「……へっ!?」
突然、少女も我に帰ったように顔を一気に起こした。そして、不意に智也と目が合う。
「……え?」
ふと鼻腔をくすぐった柑橘系の香り。真っ直ぐに智也の瞳を見つめる大きな瞳。そして長い栗色の髪の毛。すべてが智也の記憶にある少女と合致していた。
「彩花!?」
智也は目の前にある事実に驚愕し、少女の肢体を掴む力を強めた。
「いたっ!」
「あ、ごめん!」
少女の顔が苦痛に歪むのを見た智也は、慌てて手を離す。そしてそのまま固まったように二人は見つめ合い、降りしきる雨の中、しばらく沈黙が続いていた。しかし、やがて沈黙も終わり、その鐘を鳴らしたのは智也だった。
「君、名前は?」
「え……長谷川……彩香」
瞬間、智也の胸を激痛が襲った。
第三話へ続く
第一話へ戻る 小説のトップへ戻る