ACROSS……

作:小俣雅史

 

第二話

 

「とーもやさんっ!」

 弾くようなオレを呼ぶ声が死にかけているオレの耳に衝撃を与えた。

 何かが引っぺがされる感覚を覚えると同時に、オレは目を覚ます。

「んあ?」

「んあ? じゃないですよ、智也さん!」

 一つあくびをして顔を上げて見てみると、そこにはややふくれた表情で抗議する、ツインテールと大きなリボンが特徴的な女の子が立っていた。

 勿論、声をかけるくらいだから、オレもその子の名を知っている。

「あぁ、――」

 オレは何かを言いかけて口をつぐんでしまった。

 いや、その子の名前を言おうとしたのだ。

 …………なんだ……っけ……?

「どうしたんですか? 智也さん?」

 オレの様子に気づいたのか、女の子は不思議そうな表情でオレの顔を覗き込む。

 ……どうしてだ?

 オレはこの子を知っている。

 いや、知っているなんてものじゃない。

 大切な……大切な人のはずなのに……なぜ?

 胸の奥底の鈍い物体が妙な焦燥感を与える。

「あ、みなもちゃん! 今日は智ちゃんとデート?」

 と、オレの思考は耳を劈くようなバカ声によって中断された。

 そして女の子……そう、みなもを見上げると、声の主、唯笑に対して真っ赤になって弁解している。

 周りを見ると、クラスの何人かもオレとみなもを見てクスクスと意味ありげに笑っていた。

 みなもは真っ赤になった顔をさらに真っ赤にしていた。

「それじゃ唯笑。お前の察した通りのことをこれからするのだ。そういう訳で早く帰れ」

 オレは立ち上がって大きく伸びをしてから唯笑に言った。

「あ、ひどーい! そういう言い方ないでしょ! ふんだ。唯笑だって暇じゃないもん」

 すると唯笑は怒ったように頬をふくらませて反論した。

「そうか? オレは完全無欠の暇人+αに見えるが」

「そんなことないもん!」

「それじゃ何か用事あるか言ってみろ」

「あ……えと……そ、そんなこと智ちゃんには教えてあげないもんね。べー!」

 唯笑は一言オレに吐き捨てると、舌を出しながら教室から出て行った。

 ……どうやら完全無欠の暇人が確定したようだ。

「智也さん、いいんですか? 唯笑ちゃんをあんなむげに……」

そのオレに対し、みなもは少し非難を含んだ口調で言った。

「あー別に構わん。だいたいあいつは人の事をだな」

「智也さん」

 オレが言おうとしたことを、みなもは制止する。

「…………人の気持ちってのは、そう簡単に変わらないのかな」

 オレはしばらく間を置いて、呟くように言った。

「……智也さん、格好いいですもんね……」

「…………」

 やや暗い雰囲気になって、オレ達は学校を後にした。

 流石にこのままの気持ちを引きずるのも悪いので、オレは校門を出たところで一つ伸びをした。

 みなももそれにならって伸びをする。

「う〜ん……あ、きゃ!」

 突然、みなもはバランスを崩して後ろに倒れそうになった。

 たぶん背中のキャンバスの重みのせいだろう。

「危ない!」

 オレは咄嗟に手を伸ばしてみなもの華奢な体を抱きとめた。

「ご、ごめんなさい。智也さん」

 オレの腕の中で、みなもは転んだことが恥ずかしいのか、抱きとめられている事が恥ずかしいのか、頬を紅潮させながら言った。

「ううん。オレがそれ持っておけば良かったね」

 オレは視線を背中のイーゼルに送る。

「そ、そんなことないですよ……あ」

「さ、行こうか」

 オレはみなものイーゼルを取り上げると、それを自分で背負ってそのまま歩き始めた。

 背中には『待ってー』というみなもの声が浴びせられる。

 少々その反応が面白かったので、苦笑してしまった。

 それをバレないように隠すと、みなもの方に向き直ってどこへ行きたいか尋ねた。

「そうですねぇ……あ、海行きましょうよ海。海が描きたいです!」

 みなもは何故か強い語調で海を希望した。

 特に否定する理由も無いし、もとより行きたい場所を聞いたのはオレだ。

 そんなに行きたいのなら行こうじゃないか。

「うん、それじゃあ行こうか」

「うん!」

 みなもは屈託の無い笑みを向けると、軽くスキップしながら進み始めた。

 オレもそれに合わせるようにやや歩くペースを上げる。

  というわけで、オレ達は海へ行くことになった。



第三話へ続く




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