ACROSS……

作:小俣雅史

 

第一話

 

「ねぇ智ちゃん、智ちゃん……」

 近くで耳障りな声がオレの名を呼ぶ。

 かつては、オレを救ってくれたこの声も、もはや煙たいだけの騒音だった。

 全ての音にはノイズが入り、視界に映る物は全て決まっていた。

 だが……目の前にいる少女は誰なのだろうか。

 大きなリボンをつけたツインテールが特徴的な少女。

 思い出せない。

 そもそもに、その少女を知っていたのかさえ思い出せない。

 ただ心の中には虚無感だけが漂っていて、何もする気が起きない。

 ただ茫然と目の前で微笑む少女をオレは見つめていた。

「……もちゃんは、智ちゃんのそんな姿……見たくないはずだよ……」

 相変わらずノイズで耳が壊れそうだ。

 繰り返される雑音がオレの脳細胞を蝕み、喰らっていく。

「……みなもちゃんも……彩ちゃんも……なんで……唯笑だけ入れないの?」

 一瞬だけ、嫌にノイズが大きくなった。

 虚無感で一杯だって胸の中で、重い影がざわざわと音を立てて蠢き始める。

 体の底から何かが登り始めた。

 まるで爬虫類が這うようなその感覚に、オレは不快感を覚えた。

 そしてオレは動いてしまった。

 目の前の少女の微笑みが崩れ、全ての世界が闇の中へと引きずり込まれていく。

 オレの周りにある全ては、まるでガラスが割れるように崩れ落ちていく。

 そうなった瞬間、オレは初めて頬に冷たいモノが伝った。

 ここは暗い場所。

 そして遮断機の見える場所。

 ココロを護るために作った遮断機。

 暗い世界の中で、それだけが物悲しげに存在を強調していた。

 延々とオレは涙を流しつづける。

 この暗い世界へ来てしまった悲しみと、あの少女のことを思い出せない悔しさ。

 願わくば、この世界からオレを解き放って欲しい。

(…………いいのか?)

 ふと、闇の中で響く声。

 それは紛れもない自分の声で、オレはその問いに無言で頷いた。

 刹那、光が溢れた。



第二話へ続く




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