相摩希望
作:小俣雅史
第八話
??「痛っ!」
彼女のヒザがテーブルにぶつかった。
見ているこちらが痛くなるほどの勢いだったので、ぼくは反射的に声をかけていた。
健「大丈夫?」
??「あ、大丈夫です……」
そうは言ったものの、相当痛かったのだろう。
瞳にうっすらと涙を浮かべながら、ヒザをさすっている。
健「湿布とかいるかな」
??「ホントに大丈夫ですから……」
健「そうですか」
心配そうな顔をしていた店長も安堵のため息をつく。
まだ少し気にかかるが、彼女がそう言うならこれ以上は何も言わないことにする。
店長「えーと、それじゃあお互いに自己紹介してもらおうかな。仕事の説明はその後でしよう」
健「それじゃあ、ぼくから……」
ぼくが簡単な自己紹介を終える。
そして彼女も自己紹介を始める。
希望「私、相摩希望です。いろいろご迷惑かけるかもしれませんけど……よろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げた。
健「こちらこそよろしく。希望ちゃん」
第九話
健「希望ちゃん!?」
離脱した意識の一部が、記憶の一部とともにぼくに戻った。
同時に頭痛は嘘のように消え去った。
そして目の前の女性を、ぼくは認識していた。
希望「健さん……健さん……っ!」
すると突然、希望ちゃんは脱兎のごとく駆け出した。
健「希望ちゃん!」
ぼくはそれを追いかけようと席を立ち上がろうとした。
ほたる「待って!」
健「ほたるっ!?」
突然ほたるも立ち上がり、ぼくの腕を今まで見せたことのないような力で引っ張る。
ほたる「行かないで健ちゃん! 一緒にいようよ。ね?」
ほたるは少し哀しそうな目でぼくを見ながら言った。
しかし、今のぼくはほたるにかまっている余裕は無かった。
無意識的に、たぶんまだ欠落している記憶一片がぼくの足を動かす。
健「ごめん、ほたるっ!」
それだけ言うと、ぼくは適当にサイフから引っ張り出した5千円を置いてルサックを飛び出した。
背中に浴びせられるほたるの悲声が胸をつついたが、それでもかまわずに希望ちゃんの姿を探した。
周辺を見回し、姿が見当たらないことを確認すると、道路を横切って海岸に向かう。
健「希望ちゃぁぁぁぁんっ!!」
ぼくは水際まで駆けより、彼女の名を叫んだ。
海岸は暗く、視界が著しく悪い。
そのため耳に頼るしかなかった。
もっとも、返事が来るとは思えないけど……。
希望「きゃっ!」
健「希望ちゃん!?」
耳をすませていると、どこからか小さな悲鳴が聞こえた。
ぼくはそれが希望ちゃんの声だと気づき、急いでその方向へと駆け出す。
この間にまた走っていってしまうかもしれないので、ぼくは全力で走った。
健「希望ちゃん!」
希望ちゃんの後姿が視界に入ると、その名を再び叫ぶ。
するとそれに反応したようで、希望ちゃんが足を止めた。
ぼくは余力を振り絞って、希望ちゃんに駆け寄る。
健「ど、どうして、逃げたり、したんだ、希望、ちゃん?」
ぼくは呼吸を落ち着けようともせずに、希望ちゃんに尋ねた。
希望「…………健さん、明日、あの公園で10時に待ってます」
健「え?」
それだけいうと、希望ちゃんは再び駆け出した。
健「…………」
今度は追わなかった。
とりあえずまた会えることだけは約束されたのだ。
黙って、その背中が闇に消えるまで、ぼくは見つめ続けていた。
第十話・十一話へ続く
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