相摩希望
作:小俣雅史
第七話
ぼくとほたるは、海岸の砂の上を歩いていた。
退院して数日後のことだった。
いまいち記憶がはっきりしないけど、どうもぼくは車に轢かれて入院していたらしい。
踏切の近くの道路で、ほたるを庇って――という訳らしいのだ。
けど、ぼくはそれが真実だとはどうも思えない。
ぼくが病院で意識を回復させた時、記憶が途切れてからまだ一週間しか経っていなかった。
ものにもよるが、普通、車に轢かれて一週間で完治するだろうか?
記憶はあるにはある。
だが、違う記憶だ。
ぼくが助けたのはほたるじゃなくて……轢かれたのは車じゃない。
さらにそこも疑問だ。
それがバイクであっても、意識が一週間も戻らない程の衝撃で、体が完治するはずがない。
なら……どういうことだ?
ぼくはそれを掴むため、ほたるとここを歩いていた。
一応デートということになっているが、ほたるには悪いけどぼくの真意はそこにはない。
そもそもに、ほたると一緒にいること自体、既に違和感があることも先程気がついた。
おかしい。
今日しばらくほたると一緒にいて、これだけははっきりした。
ほたる「……どうしたの健ちゃん? さっきから難しい顔して」
健「…………え? あぁ、なんでもないよ」
ぼくは思考を読まれないように、咄嗟に返した。
ほたる「本当? こういう時の健ちゃん、絶対何かあるよ?」
健「だからなんでもないって。それより、お腹空いたね。あそこで何か食べない?」
ぼくはこの砂浜から見えるファミレスを指差しながらほたる促した。
ちょっと話題を変えるには苦しかったかもしれない。
まぁ、そこはぼくの働いている『ルサック』だ。
除籍されてるだろうけど……。
どの道、そこには行こうと思っていたので丁度良かった。
ほたる「……そうだね、行こう健ちゃん」
そう言うとほたるはぼくの腕を取って、ぐいぐいと引っ張り始めた。
もちろん自分から誘った訳だから、その行動に逆らうことなくぼくはついていく。
どうやらさっきのことに関しては、忘れてくれたようだ。
店員「いらっしゃいま……あれ? 伊波君。退院したんだ?」
店に入るなり、見知った顔のバイト仲間の店員が驚いたように声をかけてきた。
とりあえず適当にぼくは挨拶をすると、先にほたるを席に案内してもらってぼくは店長に会いに行こうとした。
店長「あれ? もう退院したのかい?」
健「あ、店長。おかげさまで」
だが、ぼくが動こうとする前に店長がフロアにやってきた。
健「あの、すいません……バイトの方は……」
ぼくは半分諦めていたけど敢えて訊いてみた。
すると、店長は軽く笑みを浮かべながらぼくの予想を裏切ってくれた。
店長「まだ除籍はしてないよ。だから、また明日からシフトお願いね」
健「あ……はい!」
どうやらぼくはまだクビにはなっていなかったようだ。
クビだったらそれはそれでよかったけど、ここは店長に感謝した。
ぼくは少し機嫌のよいまま、ほたるの待つ席へと向かった。
健「ごめん、待たせて」
ほたる「ううん。それより、今日は健ちゃんのおごりね?」
ほたるは唐突にそんなことを言い出した。
いつものぼくなら、おごるにしろ渋っていたところだが、今日はすんなりとOKした。
なにせ、機嫌がいいから…………。
気分で左右されるんだな、ぼくって。
冷静になって気づいたけど、もう遅いだろう。
ほたるは『えとねぇ、んとねぇ』などと言いながら注文を選んでいた。
しばらくしてほたるのオーダーが決まり、ぼくはテーブルの前を通り過ぎようとしたウェイトレスの人に声をかけた。
…………あれ?
??「……!」
そのウェイトレスはぼくの方を見るなり、口を手で押えながら驚いたような顔をしている。
??「健……さん?」
健「え?」
名前は出てこないのだが、どこか見覚えのあるそのウェイトレスの女性はぼくの名を呼んだ。
と、突然ぼくに頭痛が襲いかかる。
反射的に、ぼくはこめかみのあたりに右手を押しあてた。
ほたる「健ちゃん?」
ぼくの異変に気づいたほたるが、心配そうに顔を覗き込む。
??「健さん!?」
その女性は、いきなりぼくの顔の正面に自分の顔を持ってきた。
目と目が合う。
健「……め……の……うっ!」
ぼくは自分でも意味のわからないことを呟くと、頭痛はより強烈になって頭部を絞めつけた。
あまりの痛みの激しさに、ぼくは席に倒れこむ。
全身が熱い。
のどが灼けついたようにヒリヒリする。
耳鳴りで外界の音は全て遮断された。
それでも、どういうわけかぼくはウェイトレスの女性に視線を向け続けていた。
その女性はしきりに何かを叫びつづけているようだったが、ぼくはその声を聞くことができなかった。
そして意識は段々朦朧とし始め、その一部が切り取られたような感覚を覚える。
次の瞬間、全ては光に包まれた。
第八話・九話へ続く
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