彼女の方を見ると、いつも天井知らずで元気印を絵に描いた様な衛の、はじめて見せる表情が目に入った。
見ているこっちが悲しくなるくらい痛々しい顔つきが、部屋の壁をただじっと見ていた。
「ふぅ……どうやら、悩んでたのはそのことか…。衛、もう一寸詳しく聞かせてくれないか?」
オレはさっきとは違う口調で、衛に話し掛けた。そして再び衛が口を開く。外から聞こえる雨の音の中、衛の声は小さくではあるがはっきりと聞こえた。
「うん……今週の初めに、陸上部でボクがレギュラーに抜擢されてから…今までやさしかった先輩たちが手の平を返すように冷たく当たってきて…」
「それって、衛を鍛えるためにやっているんじゃあ…」
「それだったらボクだって耐えられるさ…そういうのじゃなくて……『ナマイキだ!』とか『一年のクセにあたしたち先輩からレギュラーの座を奪うな!』といって何かにつけてボクに嫌がらせをするんだ…」
「嫌がらせって…どういった感じの?」
地雷を踏むような感じで一寸気が引けたけど、オレは衛に詳細を聞いた。
「ボクの部活用のシューズを隠したり、ボクがいないスキに机の中に『死ね』とか『実力無いくせに部活をやるな!』とか書かれた紙が、勉強道具の代わりに入っていたり……今日だって、部室に戻ると制服がびしょびしょに濡れていたり……んっぐ! ひっぐ……」
衛の話を聞くと、いじめにしては余りにも酷過ぎるやり方だ……。これじゃあ衛も嫌になるな…。
ぼろぼろと涙を流しながら泣き崩れる衛。そんな顔を見たオレは、思わず背中から彼女を抱きしめた。
「あにぃ……?」
「衛……泣くんだったら思いっきり泣くんだ。今だったら雨の音に紛れて聞こえないから…な」
オレのその一言が効いたのか、衛はオレの方に振り返ると胸元にしがみついて思いっきり泣いた。
雨の音に紛れるようにして、泣いて 泣いて 泣いて 泣いて 泣いて 泣いて 泣いて泣いて泣いて
ないてないてないてナイテナイテナイテナイテナイテナイテナイテ……。
……気がつくと、時計の短針は10時を指していた。
「衛、もう遅いから今夜はオレのところで寝るか?」
今のご時世で女の子の夜の一人歩きは、はっきり言って腹を空かせた猛獣の群れにほっぽり出される羊以上に危険この上ない。
下手をすると、(自称)無敵のオレが護衛についたとしても、一寸した油断で衛が危険に晒される可能性は否めない。
それならば、少なくても泥棒やミサイルが無い限り安全とも言えるここに泊めた方が良いだろう。
「うん……」
頷きながらも少し船をこぐ衛。ま、さっきまで思い切り泣いて少し疲れが出ているんだろう。
「それじゃあ連絡するぞ……衛は早くベッドの方に行ってくれ」
そう告げた後、オレは実家――オレのいるここより駅一つ半くらい離れた場所に建っている――に連絡を入れる。
『……双刃(ともは)ですが…』
「あぁ……その声は千影か、輝晃だ。親父か義母(かあ)さんいるかい?」
『兄くん…両方とも仕事で忙しいそうだ。そういえば衛くんはそっちにいるのかね?』
「あぁ、こっちにいる。それでみんなに伝えてくれないか。今夜は衛はこっちに泊めるから……って」
『わかったよ……そのことを連絡すればいいんだね』
「それじゃあ頼んだよ。千影……おやすみ」
『お休み…兄くん』
「ああ……」
これで咲耶たちに無駄な捜索をさせずにすむな……。
――ザー……――
更に激しくなる雨の中、衛をベッドに寝かせてオレは床で寝ていた(いくら妹でも、床
に寝かせるほどオレは鬼畜じゃない)。そんな中、オレは何時の間にか目が冴えてしまっていた。
「……衛、おきてるか?」
……返事の変わりに、規則正しい寝息が聞こえるだけだ。そっちの方が都合がいい
な…そんな事を思いながらオレは話を続ける。
「何時までも一人で泣かないでくれ……。キミの他にも咲耶や千影、鈴
凛や四葉……、そして余り頼りないけれどもオレがいるんだから、一人で悩み抱えたりしないでさ
……誰かを頼りにしてもいいんじゃないか……? オレも、衛に自分の悩み聞いてもらって……凄く、嬉し
かったから……それじゃあ、改めてお休み……。衛、オレは君の味方だよ」
……ふぅ。一寸ばかし…オレらしくねぇな。
雨の音が五月蝿くてかなわないけれど、オレはとりあえず目を閉じて明日に備えた。
第四話へ続く