あれから

作:小俣雅史

 

第三話

 

「椎名せ〜んぱ〜い♪」

「おっと」

 試合を終え、一旦学校に戻り制服に着替えてきた真央は校門の前で待っているオレの姿を見つけると、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら駆け寄って気きて、暑苦しいくらいに抱きついてきた。

「椎名さん」

「あ、初音さん。お疲れ様」

 その声に胸の中にいる真央から視線を外し顔をあげると、これまた着替え終わった初音さんがゆっくりとオレに歩み寄った。

「椎名先輩!、初音先輩!、見てました? 今日私大活躍でしたよ!!」

 オレと初音先輩を交互に見ながら言う真央。

 嬉しそうに、そして誇らしげに熱弁する真央にオレは苦笑したが、確かに今日の真央の活躍は賞賛に値した。

「ああ。特に、あの逆を突かれた時のセーブは拍手モノだったぞ」

「やっぱりそう思います? いやー、私もまさか捕れるなんて思ってもみなかったんですよね、あれ」

「あら真央、そうなの? 惜しいわねぇ、あれが実力だったら特訓は無しだったのに」

「え?」

 オレと真央の会話に入ってきた初音さんの言葉は、今まで上機嫌だった真央の表情を凍てつかせる。悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言う初音さんは、オレの体にしがみついている真央に身震いをさせた。そしてオレもその背後から感じる異様な気配には『あはは……』と、乾いた笑いをするしかなかった。

 

 それから真央は初音さんに再び頭の方を鍛える訓練のメニュー表か何かを渡され、今日の夜からでも実行しろと強く念を押されていた。その様子にもやはりオレは黙ってみているしかなかったが、初音さんの笑顔の裏にとてつもない恐怖を感じてしまったのは隠しようもない事実だった。

「それじゃあ真央、椎名さん。二人っきりで帰すのはしゃくなんだけど、私はこれから用事があるので先に帰りますね」

「二人っきりで帰すのがしゃくっていうところが気になりますけど……それじゃあ初音先輩、さようなら」

「初音さん、それじゃあ」

 オレと真央が手を振って初音さんを送り出すと、歩き出しながら後ろを向いて笑顔のまま小さく頭を下げた。

「椎名先輩、これからどうします?」

「ん?」

 まだ初音さんの後ろ姿が見えているが、真央はオレの横から顔を見上げて言った。

 オレはその問いに夕焼けに染まりつつある空を仰ぎながら少し頭を悩ませた。このまま帰るか……それとも、どこか寄っていくか。

「私、先輩に御褒美を貰いたいなーとか思ってるんですけど」

 オレの思考を遮断して真央は言った。

「御褒美? って、自分で催促するヤツがあるか」

「私のステキな頭が催促しないと鈍感な椎名先輩は気づいてくれないよーって言ったんです」

「それじゃあそのステキな頭に人を鈍感などと言う人間にやる御褒美はないと伝えておいてくれ」

「わわわ! 冗談です、冗談ですってばあ!」

 

 オレの言った言葉に真央は必死に前言の撤回をしようとする。その様子が何とも間抜けというか真央らしいというか、そんな理由でオレは苦笑した。

「ま、試合で頑張ったんだし……ここはフンパツして缶ジュースでも奢ってやろう」

「えー? 缶じゅ〜す〜?」

「そうあからさまに嫌そうな態度するなよ……冗談だ。喫茶店でお前の大好きなパフェでもお代わり自由で奢ってやろう」

「わーい! さっすが椎名先輩。でも……」

「どうした?」

 オレの言ったパフェお代わり自由に真央らしい明るく無邪気な笑顔を見せて喜んだが、次の瞬間、頬の辺りが夕陽のせいかどうかは知らないが、ほんのり染まって見え、何やらもじもじしている様子だった。その意図がわからないオレは、黙って真央の次の言葉を待った。

「……ス、してください」

「は? 酢、下さい?」

 何やらぼそっとしていて良く聞き取れなかっため、『酢、下さい』と意味のわかるようでわからない言葉に聞こえた。しかしそれが真央を怒らせてしまったようで、夕陽のせいじゃないとわかるくらい顔が上気した。

「もう! 椎名先輩のバカっ!」

「は、え? わっ!」

 真央は拳を振り上げてオレに殴りかかってきた……と思ったがそれはどうも違ったようで、真央は広げた手でオレに抱きつき、そのまま足りない背を背伸びでカバーして無理矢理オレの唇に唇を押し付けた。一瞬、何が起こったかわからなかったが、先程の真央の言葉は『キスして下さい』だったという事を悟り、オレは真央の背に手を回すと自分からも唇を押し付け返した。

 

 夕陽を全身に浴びながら口付けを交わす男女というのは随分ドラマティックな雰囲気だっただろうが、下校中の聖沙の生徒の何人かがこっちを見ていたのはいささか恥ずかしかった。しかし真央はそれも気にしていない様子で、オレから唇を離すと

「それじゃあ、パフェ、食べに行きましょう!!」

 そう言って元気に走り出した。

 オレは色気から食い気の変わり身の早さにまたも苦笑してしまったが、なんとなく晴れやかな気分に包まれて、真央を追って走り出した。

 真央に追いつくと、二人横並びになって夕焼けの世界をのんびりと歩き始める。

 すぐ傍に、やかましいくらいだけど、何より愛している彼女の存在を感じながら…………。

 

−END−

 

 

−執筆者あとがき−

 

初のてんたまSS。

まあ見てのとおり真央ちんメインのストーリーな訳ですが
毎度の通りテーマがございません(死

試しに書いてみようと思って書いただけなので、実験台みたいなものよ(ぉ

しかしそんなんじゃいかん訳で、今度からはマジメに書かせていただきます。

であであ

(2002年2月23日)





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