暑いッスね、師匠

作:小俣雅史

 

第一話

 

 夏の日差しがコンクリートを焼きつけるこの時期。

 割と涼しいのではないかと推測されるこの土地でさえも、アスファルトに反射する熱がやる気を奪う。

 そんな中、澄空駅周辺で熱心に筆を走らせる二人の少女の姿があった。

「動かないでっ」

「動かないでくださいっ」

 二人の少女の声が見事に重なる。

 オレと友人の健は、婦人警官に銃を突きつけられ、「フリーズ!」状態になった。

 いや、正確には絵描きの少女達に筆を突きつけられて「動いちゃダメです」状態なのだが、例えるなら警察の方が合っている。

 それほどまでに恐ろしいオーラを、オレの彼女のみなも、健の彼女の相摩さんは放っていた。

 逆らえば、ハイパー化(しても死なない)して襲ってくるかもしれない。

 だからオレと健は黙って絵のモデルになっていた。



 さて、オレ達は今どうしてここでこんな状態にあるのか。

 オレはあまりにもやることが無くて暇なので、何気なく思い出してみた。



 澄空駅前の繁華街。昼間にはどこからわいて出たのかわからんような若者達が徘徊し、どこにでもあるような喧騒に包まれている。

 この日も例外ではなく、どうにもこうにもやかましくてしょうがなかった。

 良く言えば、活気に溢れた街……というところなのだろうが、地元人のオレにとってはいい迷惑だ。

 もっとも住んでるところは藍ヶ丘なので、毎日苦しまなければならないわけではないが……。

 まぁ、とにかくそんな所にオレ達は写生に来ていた。

 そのオレ達のメンバー。

 オレこと三上智也、伊吹みなも、相摩希望、伊波健の合計四人。

 ちなみに、オレとみなも、相摩さんと健、の二組のカップルで構成されているので、ダブルデートとも言う。

 あれ……? ダブルデートだっけか?

 まぁいい、オレはそんなくだらない俗語に興味などない。


「智也さん、あそこなんかいいんじゃないですか?」

 みなもは駅前のど真ん中にある大きな木を指差して言った。

 それは深緑が視界を覆う程の大きさだ。

 あの木は、かなり古くから生えているらしく、樹齢が相当なものらしい。

 言われなくとも、その威風堂々とした姿には歴史を感じさせる。

 だが、その葉は青々とした若さを保つ美しい木だ。

 あの木なら、描くのにはもってこいと言える。

「うん。あれでいいんじゃないか? 健と、相摩さんは?」

 オレは後ろを振り返って、並んで歩いている健と相摩さんに尋ねた。

 すると二人は揃って笑顔で頷いた。


 オレはそれを肯定と理解し、先立って木の下へと歩き出した。

 だが、その下には既に数組のカップルと、昼間から酒をあおっている中年男性。

 それに高性能アクセレレーター搭載イオン砲を手に宇宙人と戦うオレ達と同じくらいの歳の少年がいた。

「翔太……」

 ふと、背後で健が何か呟いた。

「ん? 知り合いなのか?」

「あ、いや……違うよ」

 健は一瞬ドキっとしたような表情を見せて言った。

 ……アヤシイ。

「ふーん」

 だがオレは別に深く詮索する気も無いので、とりあえず流した。

 ま、ああいう連中は無視するに限る。

 視界に映ったって気にしなければどうってことはない。

 たかが宇宙人と戦ってる人間の一人や二人…………。

(……待て、オレ)

 あんなSFチックなことを天下の往来でやっていいのだろうか。

 ていうかあんなことがあっていいのか?

 今更気づいたが、もうタイミングは外れてしまったので仕方なく流す。


「それじゃあどこで描こうか……」

 対象は決めたので、次はどこで描くか。

 別に今この場所で描いたっていいのだが、通行の邪魔になるのでそれはよしておこう。

 オレは目で木の周辺の良さそうな場所を探した。

「あ、そこなんていいんじゃないでしょうか?」

 相摩さんがオレ達の輪から一歩歩み出て、正面の場所を指差した。

 あまりにも正面だったので気が付かなかったが、そこは誰もいないので描き易い状態だ。

オレは文句も無いので頷くと、みなもや健も同意した。

 そして二つの巨大なキャンバスが木の下へと駆けて行く。

「二人とも……意外と足腰強いよなあ」

「そう……だね」

 オレと健は二人の姿を見て、つくづく思った。




第二話へ続く





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