美食家本舗
作:小俣雅史
後編
突然、聞き覚えのある声がぼくの耳へと飛び込んできた。
しかもどこかで聞いたようなセリフとともに。
「助けに来たわ、イナケンゴー」
次の瞬間、ぼくの視界に映ったのは他でもない、ぼくの今最も(色んな意味で)大切な人、白河ほたるその人だった。
今ほたるは、ぼくにとってまさに女神のような存在だった。
そのため、ぼくは「いや、イナケンゴーってなに?」というツッコミを止める。
この状況下で唯一助け舟を請える存在だからだ。
「助けてくれっ!! ほたる!!」
その様子は、きっと物凄く情けない図になっていただろう。
ぼくは必死にほたるに助けを求めた。
だが恥ずかしさよりぼくは命を選ぶ。
それを聞いて、ほたるはニコニコといつもの笑顔でぼくにこう言った。
「もう、ダメだなぁ健ちゃん。「これも運命か……」を選ばなきゃ、バッドエンドだよ?」
「そうか……食べてもほたるが助け……って食べたら意味が無いじゃん!!」
「健さん、早く食べてください」
ほたると漫才を繰り広げていると、やや怒り気味の希ちゃんが催促をしてきた。
まずい。
ほたるはどうにも役に立たんし、かといって手段は……。
と、何気なくユバムの方に視線をやると、ほたるが普通にスプーンですくっていた。
「あ、ほたる、食べたらっ!」
ぼくはかなりの脂汗を流しながらほたるを制止しようとした。
「はむっ」
だがぼくの反応をは一瞬遅く、ほたるはそれを口にしてしまった。
「あ……」
希ちゃんが驚いたように、ほたるの方を見つめている。
ぼくは絶望しながら、ほたるの様子を見届けた。
「……ナマチュー……」
「え?」
ほたるは突然訳のわからないことを呟いた。
しかもちゃんと物体を飲み込んでいるようで、言葉もはっきりしている。
なんとも無いのか……?
「ナマチュー、ナマチュー」
「……お、おい、ほたる?」
ほたるは何故か「ナマチュー」という単語を連呼し始めた。
ナマチュー……ビールの生中?
いや、中生か……それとも電気を放つ雷型の尾を持った携帯獣の親戚?
「ナマチュー、ナマチュー……でゅふふっ……」
「お、おい、ほたる!?」
ほたるはナマチューを連呼した挙句、最後に訳のわからん笑いをした後、卒倒した。
ぼくは慌てて床に倒れたほたるを抱き上げた。
「ほたるっ、ほたるっ!! だいじょ……うわっ!?」
突然、ほたるの体が「腐った紫色」に変色し始めた。
しかも体がどんどん柔らかくなっていき、溶け落ち始めた。
ぼくはそのどろっとした感覚に不快感を覚え、反射的に手を離す。
ぼくは助けを求めようと、希ちゃんの方を見た。
そこでは……希ちゃんが、笑っていた。
その不気味な笑みに、ぼく意識は閉ざされた…………。
「……さん、…んさん、健さん!」
「うぅ?」
ぼくは聞き覚えのある声に目を覚ました。
机かなにかに突っ伏していたようで、状況を確認するためぼくは顔を上げた。
「うぅ? じゃないですよ、とっくに休憩時間終わりましたよ。店長に怒られちゃいます」
一番最初に視界に映ったのは希ちゃんだった。
ということはぼくを起こしたのは希ちゃんだろう。
「……ほ、ほたるは!?」
と、ぼくは今しがた起こった出来事を思い出した。
あの悲劇的な……なんともいえない出来事を。
「え……? 何言ってるんですか健さん?」
「何って……あ……れ?」
ぼくは改めて周囲を見回してみる。
別段変わった様子はなく、記憶を色々と回してみると、本当の意味でさっき見ていた光景だ。
もしかして、夢オチ?
「どうかしたんですか? 健さん?」
希ちゃんが不思議そうにぼくに言った。
だが、こんなくだらない夢の話をするのも面倒だったぼくは、曖昧に返した。
それに対して希ちゃんは深く追求しようとはせず、これ以上の会話の発展は無かった。
「……休憩時間にやな夢見たな……疲れてるな、うん」
ぼくは、とりあえず立ち上がると、腕を天に掲げ、全身で伸びをした。
するとビチャっと何かがぼくの額に落ちた。
「ん?」
ぼくはなんだろうと思い、その額に付いた物を手に付けてみる。
その物体は……腐った紫色をしていた……。
−END−
−執筆者あとがき−
KIDに投稿したSS。
アップされる時期を考えると、どうやら落選みたいなので
本HPにアップすることにしました。
正直、落とされて然りの内容ですね。
でも個人的には書いてて楽しかったので、満足です。
結論:これは人に見せるSSじゃない
であであ
(2001年12月21日)
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