美食家本舗
作:小俣雅史
前編
「どはぁ〜……」
やっとバイトが休憩時間となった。
まずぼくは活動中にためた疲労ガスを口腔から一気に排出する。
そしてぼくは空いている客席の一つに腰を落ち着け、すぐに注文を取ろうとした。
さっさと注文してさっさと食べないと、どうにも回転率が落ちてしまう。
これは誰かに教えられた訳ではないが、バイトとして暗黙の了解なのだろう。
「あ、注文お願いしま−す」
ぼくは近くを通りかかったフロアの人に声をかける。
「はーい」
ぼくが呼び止めたのは希ちゃんだった。
今日は動きのいい希ちゃんは、小走り気味にやってくる。
「健さん、何にします?」
「えと……あ」
と、ぼくはまだ注文を決めてないことに気がついた。
かなりのマヌケだ……ま、でもいっか。
どうせもともと食べたい物ないし、適当で。
「うーん……なんか選ぶのも面倒だから、希ちゃんのオススメで……!?」
ぼくは、そう言った瞬間に凍りついた。
希ちゃんが入って以来、禁句とされているこの単語。
エデンのリンゴを全部焼きリンゴにしてしまうかのような行為。
ぼくは……パンドラの箱を開けてしまったらしい……。
「ふっ……ふふっ……」
希ちゃんはどこから出しているのかわからないような不気味な声で笑う。
思わず二十センチ後退してしまった。
「わかりました」
だが次の瞬間にはいつも希ちゃんの、可愛らしい声へと戻っていた。
……ギャップが……。
「それでは、お持ちしまーす」
希ちゃんはそう言うと、足取りも軽く奥に入っていった。
ぼくはその背中を絶望的な視線で見送った。
「お待たせしましたぁ」
「おおっ!?」
次の瞬間、ぼくは希ちゃんに声を掛けられた。
いや、今あそこに居たのは……?
背に冷や汗をかきながら、ぼくは希ちゃんの持ってきた料理に視線を映す。
「……でたぁ……」
そこにはルサックでは禁句とされた単語、『オススメ』を希ちゃんに言った時のみ運ばれる料理。
ぼくも現物で見るのは初めてだが、確かに噂に聞いた通りだった。
なんとも形容し難く、敢えて形容してみるならば「腐った紫」というのが最適な色。
そしてさほど熱を持っていそうに見えないのだが、ゴボゴボとどろっとした泡が吹き出しており、不気味さも想像以上。
しかも耳をすませて見ると、心なしか呻き声まで聞こえてくる。
その名も……「珍獣ユバムドンの頭部ミキサー仕立て」。
どこかのジャングルにある、ンケナイ村とヤモト村の近辺に生息が確認されている珍獣。
その地方では神として崇められているらしい。
ただし目撃例は指の数程しかないという。
だが、希ちゃんはそれをどういう経路か知らないが入手しているらしい。
ちなみに、「ゆばむし」という湯葉を蒸したと思われる料理があるが、別に関係無いのであんまり考えないことにする。
どちらにしろファミレスに出てくる代物じゃないんだけど……。
「はい、どうぞ健さん」
そう言って希ちゃんはトレイから略称ユバムの乗った皿を、テーブルに置いた。
ぼくはごくりと唾を飲みこんで(勿論美味しそうだからではない)、それを改めて見つめる。
心なしか、真っ白い皿がどんどん腐食ってる気がするんだけど……ていうか腐臭が……。
だが希ちゃんはなんとも嬉しそうな屈託の無い笑みを浮かべて、ぼくの様子を伺っている。
だぶんそれはぼくが食べた時の反応を見たいのだろうが、ぼくにはこれを口にする勇気は無い。
しかし希ちゃんはぼくから離れる様子が無く、捨てようにも捨てられない。
いや……待て。
「希ちゃん、早く仕事に戻らないと!」
ぼくはなんとか知恵を絞って言い訳を見つけ出した。
「あ、今丁度休憩を貰ってきましたから、大丈夫ですよ」
「……あ、そう……」
失敗。
「あ、ちょっと腹が……」
「あ、それなら丁度いいですね。ユバムは腹痛にも効くんですよ」
失敗。
ていうか効くのか?
まぁ、効くのかもしれないが……いかんせんその前に天に召されるだけなのかも……。
「あ! しまった!? エメリウムが!!」
「それも、ちゃんと補填できます。ユバムがあれば頭でっかちの鳥っぽい宇宙人が来ても平気ですよ」
失敗。
マヂで対応するのか……この料理は……。
「た、体内発電機の調子がぁ……」
「ダイナモの数十倍の電力がありますから」
失敗。
……え!?
電気発生させるの!?
……ますます危険さが露呈されてきたな……。
流石にもう言い訳が出てこない……。
うーん、どうするか……どうしよう……。
「と、そこに現れたのは彼の相棒レイディジェニー」
「え?」
後編へ続く
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