燕を招く空は晴れがいい

作:小俣雅史

 

前編

 

 ぼくは今日も朝凪荘へとメリッサの手入れに来ていた。

 いつも通りの事をしながらいつも通りこの場所で天を仰いでみる。

 ただ一つ違うことと言えば、気持ちの中での問題だろう。

 明日先生が帰ってくる。

 そう、約束の日だ。

 こんな気分だとあの青空がまるで自分と先生の再会を祝福しているかのように見える。

 とにかく気分が浮かれっ放しだった。

 それでも体に表さない、いや実際は表しているかもしれないが、ぼくがそのつもりでないのは照れ隠しだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと背後に気配を感じた。

 ぼくはそれが翔太だと一瞬思って振り向こうとしたが、次に発せられた声でその動きはビタリと張り付いたまま凍った。

「これは……どういうことだ?」

 瞬間背筋に冷たい物が走った。

 聞き覚えのあるこの声……ぼくは深く考えるまでもなく思い当った人物。

 宇和島真紅……いや、南朱雀。

 それを確認してしまうと、急に冷や汗が頬を伝い、それを拭い去るようにぼくは飛び上がってそれと距離を置いて振り向いた。

「……お前だな。お前がつばめをどこかにやったんだな!?」

 目が合った瞬間向こうもぼくの事に気づいたらしく、以前先生の部屋に訪ねてきた時とは別人のような形相でぼくの胸倉を掴んだ。

「おい、つばめは、つばめはどこにいるんだ!?」

 その様子から、どうやら先生はこの男に挨拶をしにいった訳ではないらしい。

 ぼくを脅すようにしながら朱雀はその腕に力を込め、黙秘を決め込みつつもその目を睨みつづけているぼくにその拳を叩きつけた。

 その攻撃を予想していなかった訳ではなかったが、意外にも強かったその一撃にぼくは頬骨の部分を強く殴られ、一瞬意識が朦朧としながら草の上に倒れ込んだ。

 ドサっという自分が草の上に寝た音に意識を覚醒させ、正面を見るとそこにはメリッサを踏み潰そうとしている朱雀がいた。

「こんな物……見ているだけで腹が立つ!!」

「やめろっ!!」

 ぼくは咄嗟に朱雀の足に飛びついて朱雀ごと倒れ込み、なんとかメリッサは死守した。

 だがすぐに鳩尾の辺りを蹴り上げられて吐き気とともにむせ込んだ。

「ぐっ……」

 それでもぼくは胸の辺りを押さえながら立ち上がり、スーツ姿の朱雀に向かって右拳を叩きつけようとした。

「ふん」

「っ!!」

 しかしぼくの攻撃は横へ流れるように避けられ、左膝でのニーキックがぼくの腹部を捉えた。

 これには流石に重さを感じてぼくはそのまま両膝と地面について何度も咳き込んだ。

「あの時はつばめが見ていた手前あまり暴力をふるうことはしなかったが、今は容赦しない」

 ふと真横に立っている朱雀の顔を見るとまるで悪魔に憑かれたような恐ろしい表情をしており、ぼくは血の気が引いていくのを感じた。

「目障りなんだよ」

「うあっ!?」

 蹲っているぼくに追い討ちをかけるように背骨を思い切り蹴りつけ、全身へと震えるような鈍痛が走った。

 こいつ強い……。

 ぼくはもともと喧嘩が強かった訳じゃないが、それでもこの男が何か格闘技をやっているというのには気づいた。

 その後ぼくは必死に頭を庇うように攻撃に耐えていたが、やがてそれすらも辛くなって本気で死を覚悟した。

 だめ……かも。

 意識が遠くなる。

 開かれた瞳を覆い隠すように画面がフェードアウトしていく。

 意識をまるで暗い淵へと引き込まれているかのような錯覚まで覚え、それは気を失う前兆なのだとすぐに悟った。

 その時だった。

「ぐあっ!?」

 草を思い切り踏みしめたような音と同時に、朱雀の声が聞こえた。

 それは何か殴られたような声で、ぼくはそれに失いかけた意識を引き戻した。

 鉛のように重い足を奮い立たせて立ち上がると、草の上に寝ている朱雀の正面にぼくのよく見知った後姿があった。

「……翔太!?」

「おい健、大丈夫か」

 それは翔太だった。

 ぼくに後姿を見せたまま、心配そうな表情で顔だけこちらに向けて翔太は言う。

 それにぼくは小さく頷くと、翔太は再び正面を向いた。




後編へ続く





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