燕の舞う空は快晴なり
作:小俣雅史
前編
「……おい健。お前なにしてんだ?」
「うん?」
急にぼくの視界を見知った顔が遮った。
心まで澄み渡るような青空の下に寝そべっていたぼくには、その顔が何故か妙に不自然に見えたが、それは紛れもない翔太その人だった。
「うん? じゃねえよ。最近家に居る時間が妙に少ないと思ったら……やっぱりここか」
呆れたような怒ったような微妙な表情の翔太。
翔太はどうやらぼくの行動を不思議に思って尋ねてきたらしい。
そう、確かにぼくの行動は随分と周りから見れば不思議ではあるのだろう。
ここは今から一年程前に火事で燃え尽きてしまった、朝凪荘跡地。
土地の買い手が今だに見つかっていないらしく、草は伸び放題雑草は生え放題だった。
それでもぼくはあの人が去った日から、毎日のようにここに来てメリッサの手入れをしていた。
それがいつか戻ってくる先生に唯一できることで、この場所の意味を保つ行為なのだ。
そんな中、最近ぼくはメリッサの手入れ以外でもここにいることが多くなった。
何をする訳でもなく、伸びた草の上に寝転がり、天を仰いだまま意味もなくぼーっとしている。
別に他人に迷惑をかけるようなことをしている訳でも、危険なことをしている訳でもない。
だが、あまりの時間家を空けているので流石に居候させてもらっている友人、つまりは翔太も不審に思ったらしい。
ぼくは寝転んでいた体をゆっくりと起こして立ち上がり、翔太と正面から向かい合った。
「もう一度聞くけど、何してたんだ?」
「ぼーっとしてた」
「…………」
どうやら翔太はぼくの回答に不服なようでぼくの目を訝しむように見つめた。
それでもこれしか答えようのないぼくには、その威圧から逃れる為に視線を逸らすことしかできなかった。
「……健。お前みたいなヤツがただぼーっとしてたって理由で、一週間も大学の講義サボるか?」
そのぼくに対して、翔太は呆れたような表情で膝に手をついた。
「さあ」
それでもイマイチ言葉の意味がすんなりと頭に入っていかなかったぼくは、聞き流すようにそう答えるしかなかった。
なんだか、考えるのも面倒くさい。
「さあじゃないっての……本当抜け殻みたいになったな」
「うん……」
「ったく……そんな姿、先生が見たらきっ……あ、そうか」
翔太は突然閃いたように手をポンっと叩いた。
恐らくぼくが今こうなっている原因に心当たりでもあったのだろう。
……いや、わかりやすいか。
「いや待てよ。明後日で丁度一年で、先生は帰ってくるはず。浮かれて高揚しまくってるのならわからない話じゃないが、健は逆だ……」
翔太は再び表情を難しくて、唸るように考え込み始めた。
少し時間が経ってその様子を見るのも飽きたので、ぼくは再び視線を空へと移す。
そこには青の他に点々と白い雲が浮かんでおり、それが動くのを見る度に心地よい風が草の揺れる音ともに頬を撫でる。
今日は夏にしては涼しく、湿度も少ない。
快適と言えば快適だが、いかんせんぼくの心中は天気に同じとはいかず、厚い雲が覆い被さっていた。
だが理由に至っては実に簡単だった。
最初に翔太が独り言で推測した通りだ。
ぼくは先生のことが気になって、結果こうなっている。
しかしそれが待ち遠しくて気になっているのなら、翔太の言うとおり浮かれて高揚しまくるのだろう。
別に待ち遠しくないという訳ではない。
本当なら今すぐにでも帰ってきてほしい。
だが、不安なのだ。
日に日に訪れる、再会の時が不安になってしかたがない。
先生の気持ちは変わっていないだろうか。
ぼくはちゃんと先生を受け止められるだろうか。
ちゃんと……来てくれるだろうか。
数をあげればキリがなく、そんな不安を紛らわすため、ぼくは下手に動かずに何も考えないことに徹している。
毎日毎日ここでぼーっとしながら空を見上げる。
そうしていれば、少しは気が楽だった。
後編へ続く
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