雨と思い出と……
作:小俣雅史
エピローグ
「……ねぇ唯笑ちゃん、唯笑ちゃんってば!」
「ふえ?」
唯笑は突然聞き覚えのある声に呼びかけられ、驚いたようにその方向を振り向いた。
放課後の教室にはもう人は居らず、自分だけがここに居るはずだったが、いつの間にか入り口の方に人が立っていた。
「もう、ふえじゃないよ。最近ずーっと席に座ってぼーっと空眺めててさ、本当心配になってくるよ」
ため息をつきながら唯笑に話し掛けた少女、それは音羽かおるだった。二年の時は智也、唯笑、かおる、詩音と、仲がよかった四人だったが、クラス替えの際、同じクラスになったのは唯笑とかおるだけだった。そして同じクラスであるかおるは。唯笑の様子をいつも心配そうに見つめていたのだ。
「あぁ……でも、大丈夫だよ別に」
「大丈夫な訳ないでしょ。はしゃいでない唯笑ちゃんなんて不気味なだけだよ」
「……うん」
「あらら、認めちゃったよ……。唯笑ちゃん、三上くんと喧嘩して、そのまま三上くんがあんなことになっちゃって、確かに私だってそうなったらきっと唯笑ちゃんみたくなるよ。でも私は他人、唯笑ちゃんじゃない。だから唯笑ちゃんがこのままじゃいけないのはよくわかるよ。だからさ、元気出してよ」
「……うん」
唯笑はかおるの言葉に力無く頷く。だがその力無さがかおるの言葉を理解していないことを示していた。
「もう……唯笑ちゃん。まぁ、そうだね。自分がこれからどうすればいいか、何をしなきゃいけないのか、それを早く見つけてね。私もなにか相談があれば聞くから、お願いだよ?」
「……うん」
やはり力無く頷いた唯笑。その唯笑を見てかおるは再びため息をついたが、それきり何も言わずにかおるは教室を後にした。
唯笑は横目でかおるが去っていくのを見届け、かおるが視界から消えたら唯笑は再び視線を窓の外に向けた。
「…………」
唯笑は窓の外に何か見ている訳ではない。ただ目の前に漠然と広がっている、今の唯笑には嫌味な程に澄み渡った青空を、ただ眺めていた。それを眺めようという意思がある訳でもなく、無意識に視線がその方向へ行ってしまう、それだけだった。
それでも唯笑は頭の中で一人の少年のことを考えていた。
いつも意地悪だけどとても優しくて、何かあると必ず助けてくれて、いつも自分の傍にいてくれるあの少年。そう、三上智也。
自分はその少年のことがどれだけ好きで、向こうも自分をどれだけ好いていてくれるか、その答えを迷ってしまった自分が腹立たしく、できることならばこの世界から消えてしまいたかった。だけど、智也が救ってくれた自分の命を無駄にする訳にはいかない。今は智也の存在が、唯笑を苦しめ、同時に救っている存在なのだ。
「智ちゃん……」
何気なくその名を呼んでみる。だが当然返事が返ってくるはずもない。この学校に智也は来れないのだから。
そうわかってしまうと、途端に悲しさが唯笑を襲う。不意に目から涙がこぼれた。
「……智ちゃん……智ちゃあん……」
一度溢れ出した感情は止まらない。堰を切ったように涙が流れ始め、木製の机を点々と濡らし始めた。
智也の名前を呼びつづけ、それが悲しい嗚咽、さらには慟哭へと変わり、誰もいない教室に空しく唯笑の悲鳴だけが木魂していた。
それからどれだけの時間が経ったのか、落ち着いてきた唯笑は、ふと窓の外に視線を移した。
次の瞬間、その先を見た唯笑は心の底を鈍器で殴りつけられたような衝撃を覚えた。そこには、ありえるはずのない光景が映し出されていた。
「……え!?」
校庭の真ん中で、辛そうに校舎へ向かって歩きつづける少年。唯笑はその少年だけは絶対に間違えるはずはない。だが、そこに唯笑の知る少年がいるはずがなかった。
しかし、唯笑はどんな理由があろうと、そこにその人がいたことが嬉しかった。今までの暗い気持ちが一気に拭い去られ、足が自然と走り出していた。勿論、少年のいる校庭に向かって。
校舎の中を慌しく駆け抜ける唯笑。それをなにかと思い、振り返る文化部の面々。しかしそんなことなど今の唯笑には気にならない。ただ、校庭にいたあの少年の下へと唯笑は向かっていた。
階段を駆け下り、靴もかかとを踏んだままろくに履かずに、勢いよく校舎を飛び出す。そして、校庭の真ん中を歩いているのは……。
「智ちゃあああああんっ!!」
唯笑はその名を叫んだ。愛しい少年の名を。誰よりも傍にいて欲しい少年の名を。
智也も、唯笑の存在に気がついたのか、今までの苦しそうな様子を一変させて表情を明るくさせる。そんな智也に、唯笑は勢いよく飛びついた。
「どわっ!」
それを受け止めようと両手を広げた智也だったが、足が悪いのか、上手く踏ん張れずに後頭部から校庭の土に軟着陸した。
「つぅっ……いてえ……」
「あ、ごめん!! 大丈夫、智ちゃん?」
智也が苦痛に表情を歪ませるのを見て、唯笑は智也の顔に顔を近づける。
「大丈夫な訳あるかぁ……って言いたいところなんだが……オレはまずしたいことがあるんだ」
「え? なに?」
智也はそう言って唯笑の首に手を回した。そしてそのまま自分の顔に一気に引き寄せる。
「っ!」
次の瞬間、唯笑の唇は智也の唇に塞がれた。一瞬驚き戸惑った唯笑だったが、その感触に懐かしさを覚え、唯笑も自ら智也の首に手を回した。
校庭の真ん中で寝転びながら口づけしあう二人。それは運動部員達の注目の的だったが、智也達はそんなことは一切気にしない。
失われたお互いの気持ち。再びそれは、唇を重ねることにより確かめられた。
智也は、もう唯笑を離すまいと。唯笑は、もう智也から離れまいと。
そう、お互い誓いながら、長い、長い口づけを交わした。
突き抜けるような青空の下、想いとともに繋がる二つの姿。重なる影。それはいつまでも終わりを告げることはなかった。
…………サッカー部の顧問が止めに入るまで。
−END−
−執筆者あとがき−
試験的に書き上げてみた三人称小説。
いままで一人称ばっかりで書いていたのでどういう出来か心配です。
一番書きやすいといったら書きやすい、智也と唯笑について以前からあったネタを引っ張ってきたのですが
それが三人称で書いてみたらどういう風に仕上がるのか……まぁこうなりました。
内容については、まぁ変なオリキャラも出てるし
内容纏まってないクソ文な気もしますが
とりあえず三人称小説を書くという目的は達成することができました。
できれば感想ください。
masafumi-o@jcom.home.ne.jp
であであ
(2001年12月14日)
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