幸せの黒い鳥

作:小俣雅史

 

第一話

 

「すずめちゃん、何しているの?」

 今日も不毛な会話をしようと私に語りかけて来る保育士達。

 私が何をしようと勝手じゃない。

 でも、詐称だけはしたくないわ。

 それだけ私の人間としての価値を下げてしまいかねないもの。

 まぁ……所詮表面しか見ることのできない現代人には、関係の無いことね。

「風を見てたの」

「へぇ、すずめちゃんって、風が見えるんだ?」

 これだから大人という種族は……。

「私が何を見ようと、何を感じようと、あなた達には関係ないわ」

「す、すずめちゃん! 先生に向かってそんな口の聞き方しちゃダメでしょ!」

 ヒステリー……付き合っていた彼氏にでもふられたのかしら。

 その矛先を園児に向けるなんて、考えることがわからないわ。

 だいたい先生だからなんだっていうの?

 あなた教員免許持ってるの?

 お父さんやお母さんみたいに、もう少しマシなこと言えないのかしらね。

 でも、下手に環境を悪化させても私に不利益しかもたらさない。

 生きるって面倒よね。

「ごめんなさい、先生」

 私がそう言って頭を下げると、あの失格保育士は何度も不可解な単語を発した後、去っていった。

 私はその後姿を追おうともせず、教室の部屋の窓から外を眺めた。

 風がどこからかレモンの匂いを運んでくる。

 鼻腔をくすぐるその香りと、その風が全身を刺激する。

 お母さんに教えてもらったこの感覚。

 風を浴びられることの喜び。

 本当に心地よい……。

 家の外に居て有意義に思えるなんて、このくらいよね。

 そんなことをいつも私は思いながら、お父さんとお母さんが迎えに来るのを待っている。




第二話へ続く





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