鷹乃の教え

作:小俣雅史

 

 

「目標捕捉……距離、座標位置確認。風速……問題無し」

 ぼくは今コーナーキックの真っ最中だった。

 現在、後半ロスタイム突入中。

 1対0でぼくのチームが負けている。

 そういうわけで、ぼくがこのコーナーをモノにしなければ、負けは決まったようなものだった。

 そのためぼくは今全神経を足に集中している。

 ゴールの前ではチームメイトや敵の人間が緊張した様子でこちらの様子を伺っている。

 そしてぼくは、一呼吸置いてからキックの準備に入った。

 ふと全体に視線を送ると、うちのエースストライカー、木林がゴールの方へ走りこんできている。

 敵はその姿に気づいていない。

「そこだっ!!」

 ぼくは彼にタイミングを合わせ、ゴール前にボールを送ろうとした。

 だが

「ほら、時間よ!!」

「ぼっ!?」

 ぼくの足は見事に空中を斬り裂いた。

 同時に首が絞まり、強烈な眩暈を覚える。

 どうにか後ろを振り返ると、そこには……彼女がいた。

「た……鷹乃……?」

 何故か彼女は物凄い形相でぼくを睨みつけている。

 いや、理由はわかっていた。

 しかしどうしても怖かったぼくは、ゴールの方に視線を移す。

 木林は肩透かしを喰らったような顔をして立ち尽くし、チームメイト達も訝しげな視線をぼくに送っていた。

 四面楚歌……。

 百面鬼とショッカー……直接関係無いけど。

 仕方なくぼくは意を決して鷹乃に告げた。

「すまん!! ロスタイムの時間だけ勘弁してくれ!!」

「浪人生がなに言ってるのよ!! ほら、行くわよ!!」

 浪人生。

 そう、ぼくは大学受験を見事に落ち、浪人していた。

 それで眉目秀麗スポーツ万能なぼくの大切な人、鷹乃に家庭教師をしてもらっているのだ。

 で、今その時間が丁度来てしまった訳である。

「おーい!! 伊波ぃ!! 早くしろ!!」

 ゴールの方からキャプテンの怒気を帯びた声が飛んでくる。

「はーい!! ほら、鷹乃、だから放してくれよぉ!!」

 ぼくは自分でもわかるがやや情けない声で抗議した。

 しかし鷹乃は青筋を立て血管を浮き出させたまま笑顔を引きつらせている。

「……じゃあ条件があるわ」

「え? なに?」

 ぼくはこの状況から解放されるのならもはや何でもする気になっていた。

「死んでと言ったら死んでくれる?」

「…………はい?」

 随分と昔に言われたような言葉を鷹乃は発した。

 ぼくは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 いや、ぼくに死ねと?

「死んで」

 鷹乃はその言葉を繰り返した。

 今度の表情は冷たく、まったく感情が篭っていなかった。

 それゆえ、妙な焦燥感がぼくの胸の中でざわざわと動き始めた。

そして、ぼくはその言葉に意識を過去へと飛ばしてしまった。

 ふと気がつけば、ぼくはプール内で溺れかけた記憶の中にいた。

(死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ……)

(死ぬのは、嫌ああああああ!!!!)

 あれ?

 プールじゃなくて違う液体の中だっけか?

 まぁいいや。

 とにかく、あれは辛かった。

 鷹乃のことを想ってこその行動だったのだろうが、今にして思えば地獄にも思えた。

 鷹乃はぼくにあの経験を再び味わえと?

「…………ならぼくはグラウンドの中で、絶頂の内に死にたい」

 ぼくはこの状況を打開するため、仕方なく心にも無いことを言って鷹乃の手を振り払った。

 そしてゴールに向かって再び構える。

 チームメイト達が動き、再びゴールの周辺に緊張が漂い始めた。

「終わったら死ぬのよ。いいわね」

 鷹乃はぼくの背中に辛らつな言葉を浴びせた。

 それが本心かどうかはわかりかねるが、とにかく妙な緊張を覚える。

 いや、その緊張はむしろ集中力を高める上でプラス要素とも言えた。

 人間、死ぬときは穏やかな心になるというが、こういう心境だろうか。

 ぼくは無意識的に目を閉じていた。

(……ピチョーン……)

 ぼくの中の水鏡に雫が落ちた。

「そこだぁ!!」

 ぼくはカッと目を見開き、ゴールへ向かってボールを全力で蹴った。

 一度外へと進んだボールが、急激にかかった回転と空気抵抗により、大きく内側に食い込んでいく。

 そのボールは、横の放物線を描きながら、ゴールの右上へと吸い込まれていった。

 コーナーからの直接ゴール。

「……よっしゃあああああっ!!」

 ぼくは初めての快挙に歓喜の咆哮をあげた。

 チームメイトがわらわらと寄ってきて、ぼくを張り倒していく。

 手荒い歓迎だが、きっと野球よりかはいくらかマシなのだろう。

「明鏡止水……やったわね、健」

 ふと鷹乃がぼく達の輪からやや離れたところでぼくに言った。

 ぼくはその言葉をわかりかねたが、まだ続きが残っているのでとりあえずゲームに戻ることにした。

 全力で阻止されるかと思ったが、意外にも鷹乃は何も言わなかった。

 その後開眼したぼくは見事なスルーパスでチャンスを作り、木林がゴールにねじ込んで逆転。


 その日、ぼくは血の盟約通り死んだ。

 
 …………というのは冗談である。


「健、気分はどう?」

 試合後、ぼくが連行されている途中に鷹乃がいきなり尋ねてきた。

「いや、なんか凄い落ち着いたっていうか……頭がすっきりしたよ」

 ぼくは今、不思議な気分である。

 まるでなにかに悟ったような、そんな錯覚まで覚える。

「今なら見た英単語と数式を完璧に覚えられる気がするよ」

「ふふ、よかったわね。たぶん……できるわよ」

 鷹乃は何故か微笑みながら言った。

 ……なんなんだろ。

「ねぇ、さっき明鏡止水がどうのこうの言ってたけど……なんなの?」

 ぼくは先ほど鷹乃が言った言葉を思い出し、その意味を尋ねる。

「……死ねなんてウソ。大好きな人に本当に死ねなんて言えないわよ。それだけ言っておくわ」

 鷹乃はぼくの質問には答えなかった。

 だがぼくもそれ以上追及する気はなかった。

「そりゃそうだよねぇ……ありがと、鷹乃。ぼくも鷹乃に死ねとはいえないし」

 先ほどの疑念はぼくの頭の片隅に追いやられている。

 夕焼けの色を帯びた鷹乃の表情は、なんというか愛しい。

 ……恥ずかしいこと考えてるな、今更だけど。

 そして、ぼくは何気なく鷹乃の手を握った。

 鷹乃もぼくの手を軽く握り返してきた。 

 夕焼けの中を並んで歩く二人の影。

 それはさほど珍しい光景ではないだろう。

 ぼくが今考えていることでさえ、ありきたりなのかもしれない。

 だがそれがどうしたというのだ。

 愛し合う二人に、飾った言葉や場所はいらない。

 そう、愛し合う者同士の変わらない日常こそが、最大の幸せなのだ。

 
 ぼくはそう信じている…………

 

−END−

 

 

−執筆者あとがき−

 

見目麗しきクールなお姉様、世界の鷹乃様SS。

いや、私はみなもにゃん一筋ですけど…………まあエンド後を意識して書いてみました。

なんか本当に日常の一部を切り取っただけっていう主題もクソもない文ですね。

しかも某機動な武闘伝入ってますし……。

さらに健ちゃん覚醒イベントまで起きる始末。

本当に楽しめる人が少ない独走的なSSでした。

すいません。

であであ

(2001年10月15日)


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