ある雨の日で……

作:小俣雅史

 

 

叩きつけるような雨の中、ぼくは目の前の光景にただただ意識を奪われていた。

寂しげに転がっている真っ白な傘。

それより視線を奥へと向かわせていると、赤い道筋が喉に焼きつくような感覚を与える。

さらに先にある物体に、ぼくは目を向けることができなかった。

心臓の音が雨の轟音の中でしっかりと存在を強調している。

バキッ、ガッ、グシャッ!

雨音を掻い潜るように、断続的に聞こえてくる鈍い音。

激しい打擲音が痛々しかった。

「ちょっと、危ないじゃない!? もし轢かれちゃったらどうするのよ!?」

「い、いや、ご、ごめんなさい!!」

中学生くらいの少女が、自分を轢きそうになった運転手をシートから引きずり出し、タコ殴りにしていた。

そのすぐ近くでは……同い年くらいの少年がその様子を茫然としながら見つめていた。

男の悲鳴が断続的に続く中で、やがて一人の少年がやってくる。

息を切らしながら、その少年は最初からいた少年に駆け寄り、事情を聞いている。

「おい、あれ、どうなってるのかわかるか!?」

「知らん。ていうか、お前、あの子と何か関係あんのか?」

「……一応、彼女だ……」

「……お前も、苦労してるんだな。ところで、名前はなんていうんだ?」

「桧月彩花」

「そうじゃない。お前だお前」

「あぁ、オレは三上智也。お前は?」

「稲穂信だ。よくわからんが、とりあえずよろしくな」

「おう」

さりげない友情が展開されていた。

ぼくはその二人から視線を外し、車の方を向く。

「はぁっ、はぁっ。あ、智也!? 智也も言ってやってよ!」

彩花という少女はいい加減殴りつかれてきたようで、怒声も弱くなってきている。

そして智也という少年が、運転手のところまで駆け寄り、少女を引っぺがすと、物凄い勢いで頭を下げ始めた。

運転手の方はもはや頷く気力すら残っていないようで、がっくりとうな垂れている。

流石に見飽きたので、ぼくはその場を離れることにした。

「あ、健ちゃん!」

と、背後からふと声がかかった。

ぼくはその聞きなれた声に、できる限りの笑顔で振り向いた。

「ほたる」

彼女は中1の時からの僕の恋人。

白河ほたる。

「どうして澄空にいるの?」

ほたるはぼくに駆け寄ると、不思議そうに尋ねた。

「ん? ちょっと澄空学園って高校に見学に行ってたんだ」

「え? 健ちゃん澄空学園に行くの?」

「いや、浜咲にしようか迷ってるんだ。それにしても、いきなり帰りに雨降られちゃってさ、大変だよ」

「へぇ……。あ、そうだ。それじゃあ今からどこか行こうよ健ちゃん」

「こんな雨の中?」

「うん。健ちゃんと一緒だったら、雨でも雪でも焼夷弾でも関係無いよ」

「ん……それじゃ、適当にぶらついてこう」

「うんっ!」


これは、ある日の出来事だった。

特筆するべきところは何もない、ほんのありふれた日常の一つ。

けど、ぼくはこんな日常でも、ほたるがいるだけで思い出の1ページになる。

ふと雨の降ってくる場所を見やると、日差しが目に入り込む。


…………あ、雨がやんだ。

 

−END−

 

 

−執筆者あとがき−

 

あの日の出来事……。

車が彩花に親父の会社が潰れたのはお前のせいだと言わんばかりに襲ってきたこの日。

それをアレンジしてみました。

この時本当は中ニじゃなかったかと思うのですが、まぁ一応中三という形で考えて下さい。

だって、中1の時から健ちゃんとほたる付き合ってるって時点で逸脱しますもん(言い訳になってない)。

それと、彩花ファンはお怒りになられたでしょうか?

そこのところはすいません。

なにぶん欲望のままに生きてる人間なもんで……。

であであ

(2001年10月11日)


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